第27話 両将軍
―鎮守府将軍視点―
戦略的には圧倒的に優勢だったはずだ。いや、そもそも戦には、勝っている。にもかからず、自分が追い詰められている。おかしな話だ。これが名将クスキか。直前まで手につかんでいた完全な勝利がスルスルとどこかに逃げていく。ここで自分が死んだとしても、歴史的には戦いの勝者は自分。しかし、歴史の流れでは敗者となる。
なるほど、ここは自分の負けだな。戦略的な価値観で、クスキは自分の上を行っていた。あいつは、自分が死のうとも勝者になるつもりだ。本当に部下に欲しかった。敵の派閥であったことが悔やまれる。
「是非に及ばず」
こうなれば、天運にすべてを任せよう。クスキは、おそらく自分と共に相打ちになる覚悟を固めているはずだ。
あいつが見えた。馬が偶然、槍に当たり落馬していく。だが、執念でこちらをにらみつけると懐から丸い魔力が込められた玉を取り出した。
「閣下」
オールドの弟であるリーブが目の前に立ちふさがってくれた。強烈な光が目の前に広がっていく。爆音とともに、意識が遠のいていった。
※
「ここは?」
すべての色が無くなった世界にいた。どうやら、博打に負けたらしい。冥界の入口か。
「さすがでしたな、鎮守府将軍」
さきほど、こちらをにらんでいた名将が随分と柔らかい声で待ってた。
「クスキ将軍。見事でした」
心から賞賛を伝える。あの劣勢で、「戦に負けても、戦争に勝つ」最高の戦略を見せられてしまった。
「随分とさっぱりとしておられる」
「ええ、あそこまで見事な策を見せられたのですから」
無念と言えば無念だが。
「鎮守府将軍、私はあなたのことを高く評価していました。同じ戦場に立つことなく、敵対したことは不運でしかありませんな」
クスキ将軍はそう言って笑う。
「ええ、私もできることならあなたと同じ旗の下で戦いたかった」
打ち解けていく。たくさんの血を流した敵にもかからずだ。
「将軍はどんな天下を目指していたのですか」
その質問は誰にも聞かれたことはなかった。
「血を流さなくてはいけなくなるこの国の制度すべてを破壊するつもりでした」
クスキ将軍は驚いたように目を開き、そして、笑った。
「なるほど、それはスケールが大きい。制度を維持することばかり考えていた自分には出ない発想だ。そこに思い至るまでに、やはり大きなものを失ったのでしょうな」
「……ですが、ここで失敗した」
「いえ、あなたは賭けに勝ったのです」
クスキがそう言うと、自分の身体が透明になっていく。
「こちらの自爆攻撃は、あなたの部下に阻まれた。賭けに負けたのは私の方なのです」
そう言って、名将は冥界の入口へと進んでいった。
そうか、自分は勝ったのか。まだ、修羅の道が続いていく。それを確信し、意識は現世へと戻っていった。
名将には、別れを告げることもできなかった。




