第20話 常勝vs不敗
―マリア視点―
兄はいつの間にか王になってしまった。本当に信じられないけど。
そして、私の生存は表立っては秘匿されていた。これもすべては、私を守るため。
兄の居室に入り、問いただす。
「どうして、私のことを隠しているんですか」
「もちろん、マリアを守るためだよ。マリアの生存を知れば、絶対に君は狙われる。だから、息苦しいかもしれないけど、もう少し隠れていて欲しい」
兄は私のためになら何でもするだろう。たぶん、誘拐されたらそれでこそ、自分の命と交換しかねない。守られ続けている息苦しさを抱えながらも、どこか安心感を覚えてしまう。それほど兄の顔は安らかだった。
「兄上は、最終的な着地点みたいなものは考えているんでしょう?」
「うん、もちろん。正直これ以上の領土は望んでいないよ。僕は、兄上を表舞台から排除するだけだ」
「教皇猊下ではなく?」
「そうだね。向こうの教皇猊下を倒したとしても、兄上が残っていれば、戦乱は終わらない。国を2分している戦乱の中心は兄上だ。兄の軍事力を失えば教皇親政はすぐに瓦解する。でも、兄は独自の軍閥として独立ができる。どちらが有利な立場かなんて誰にでもわかる。そして、兄上は絶対に勝てる戦いをしている」
簡単な言い回しなのに、難しいことを言っている。こちらのはてなマークを察して解説してくれた。
「まず、兄は自分が絶対に勝てる状態を作るのがうまい。王国時代は、猛将と評判だったシグルド王太子の方が評価は高かったけど僕はそうは思っていないかった。兄上は、派手さはないけど、敵よりも数倍程度の戦力を集めて、野戦や会戦に持込み、だれが相手だろうとも難なく勝ってしまう。仮に、自分が不利な状態であれば、無理はしない。そもそも、無理が必要な状態を作らない。今回の要塞陥落後のように、勝てないとあれば、自軍の損害は全く出さずに撤退してしまう。絶対に勝てる状況を作り、乾坤一擲の大勝負なんて挑まないから、こちらから致命傷をつけることはできない。戦の争点なんて作らない。兄の前にあるのは簡単に勝てる戦だけで、自分は絶対に追い詰められない」
たしかにそうだ。シン兄上が、絶望的に敗北したことはない。今回も一地方が敵対勢力の手に落ちただけで、大局的には兄上側が圧倒的な有利を保っている。国力はどう甘めに見積もっても、向こうが6倍以上の力を持っているだろう。
対して、お兄様は……絶対に負けない戦いをする人だとわかった。兄の戦略の基本構想は、守り。そもそも戦争において守るほうは有利だ。攻めは守りの数倍の兵力を必要とする。領土を守る2つの要塞を確保して、少数の兵力でも防衛ができる筋を確保してしまった。こちらから無理に動かそうとしなければ、こちらも負けるわけがない状態を作り出している。
常勝vs不敗。
私の二人の兄は、相容れない戦略を取りながら、歴史の表舞台へと躍り出た。
「シン兄上は、いったい何を目指しているんでしょうか」
お兄様は、寂しそうに笑う。
「きっと、教皇親政を骨抜きにして、自分が政権を乗っ取り、王権と教皇権を超えた何かになりたいんじゃないかな。簡単に言えば、この世界秩序への挑戦だ」




