第17話 カールとシン
―鎮守府将軍視点―
新都に戻るまでに、馬上でカールのことを思い出していた。
あいつは、いつも兄弟にバカにされていた。運動はだめで、ずっと本を読んでいるような暗い弟で、目立たなかった。
母の身分が低いうえに、幼いときに死別したことで、後ろ盾もなく、あいつはいじめてもいい人間と分類されてからは、歳の近い兄弟からは虐待に近いいじめを受けていた。こちらも止める必要がないから放置していたが……まさか、ここまでの才能を隠していたとはな。
そういえば、あいつとは一度、チェスをしたことがあったな。たしか、こちらがハンデで後攻となったが、結果は引き分け。チェスで後攻の引き分けは事実上の勝ちのような扱いだが、そうだった。たとえ、ハンデをつけても、引き分けに持ち込まれたのはあいつだけだったか。
なるほど。自分の地位を理解して、めだないように生きて、この混乱期に隠していた牙を披露する気になったのか。なかなか、おもしろいやつだ。よかったよ、第一王子を含んで、兄弟は全員バカだと思っていたから。
そうか、カール。バカだと思っていた君が、唯一、僕を理解してくれる兄弟だったんだ。そうか、もう少し早く知ることができたら、王国を滅ぼさなくてもよかったのになぁ。これから楽しませてもらうよ、カール。
カールという新しいおもちゃができたから、もうクワンタもいらないね。いや、教皇猊下すらもうカールという新しいおもちゃの前では魅力がなくなってきている。
※
―教皇視点―
「鎮守府将軍閣下がお戻りになりました。猊下と今後の対応を協議したいと」
「うむ、通せ」
めんどうなことになった。ミズレーン要塞で、ビスマルク派のオットーが教皇を自称し挙兵。カールが神聖イスパール王国を継承したことで、滅ぼしたはずの国がすぐに復活したことになる。いや、国力差を考えれば、こちらが圧倒的に有利な状況には変わりないが、こちらの権威に傷がついている。
どうにかしなくては……
「鎮守府将軍、ここに!」
適切な判断で撤退し、被害を最小限にとどめたことの礼を言う。そして、軍事顧問として、今後の対応を聞いた。
「まず、カール領に入るための、東と南の入り口が完全に封鎖されたことで、我々は完全に攻勢に失敗しました。かくなる上は、持久戦に持ち込み、国力差をもってこちらの有利性を主張していくことになるでしょうな。そして、今回のカールの乱で、親政の弱点もわかりました」
「弱点?」
「ええ、あえてお伝えすれば、軍事面で司祭たちの介入が大きすぎます。彼らは、しょせんは軍事を知らない素人。彼らの横槍によって、ミズレーン要塞への後詰が遅れ、敵に奪われる失態ともなりました。今後は、私に軍事面の優位性があると正式にお認めいただきたい」
「……」
一理はある。確かに今回の攻防戦やハロルドの件もあり、今回は軍に混乱を生んでしまった。だが、こいつに軍事権のすべてを預けることはリスクだ。王国を裏切った王子だぞ。完全に信用できるわけがない。
「もし、教皇猊下がお認めていただくなら、鎮守府将軍と元帥を兼務させていただければと」
元帥。これは軍の頂点にいる者を指す称号だ。元帥は、宰相と同じように、自分の府を持つことができる。元帥府。それは小さな国家であり、官僚体制だ。国内のすべての軍事力を、教皇から代権される。
「では、その代わり、クワンタを大主教と宰相を兼務させることにする。何事もバランスが大事だからな」
今まで空位だった行政府の頂点を司祭派にすることで、一定の抑止力となるだろう。さらに、宰相府には、新都防衛のための軍事力が付与される。これを強化することで、シンの狙いをある程度、削ぐこともできる。
「御意」
「また、クワンタの弟子で、今回の戦乱で武功があったノースを異例であるが、東方将軍に任ずる。王党派が多い東方を彼に守ってもらうつもりだ。鎮守府将軍はカールの乱を中心に見てもらいたいからな」
ノースは、わずか19歳だが、クワンタとともに数多くの戦闘で功を成した若き天才である。元帥を監視するには最高のポジションだろう。これで新都防衛と形式上は元帥の部下の東方将軍旗下も司祭派が握ることになる。
「御意」
うまく妥協案をまとめて、我々の会談は終わった。
※
「まったく、教皇猊下も……甘いことで……」




