第16話 鎮守府将軍の誤算
教皇猊下の側近たちによる反対によって、出撃が遅れてしまった。やはり、カールはミズレーン要塞を狙ってきたか。だが、それは博打のようなものだろう。その程度の賭けで、陥落するほど、天下の要塞は甘くない。
もうすぐ、要塞が見えるというところで、伝令は恐ろしいニュースを伝えてきた。
ミズレーン要塞、陥落。
「何を言っている?」
思わず聞き返すほどの衝撃を受けた。しかし、伝令の口から発せられる詳細は、自分の想像をはるかに上回るものだった。
カール王子がほぼ単独で要塞に潜入し、ビスマルク派のオットー前大主教を救出したこと。
カールは、王権神授の宝剣を持っており、オットーはそれを見て、地下牢で戴冠の儀を執り行い、神聖イスパール王国の王位を継承したこと。そして、オットーは、教皇親政を否定し挙兵。自ら、真の教皇と名乗ったこと。
カールは王位の継承者として、敵兵すら味方につけて、要塞内で抵抗する教皇派の兵を駆逐し、大要塞を自らの手中に収めたこと。
「バカな」
教皇猊下からいただいた宝仗を床にたたきつけて、真っ二つに折ってしまう。
バカにしていた弟が歴史上誰もなしえなかったミズレーン要塞の攻略と宝剣に選ばれたという事実。
「屈辱だ……」
頭を抱えて、崩れ落ちそうになるのをぎりぎりでしのいだ。
「殿下、落ち着いてください」
側近のオールドがそう言って身体をゆすってくるが、その敬称に怒りが極まった。
「殿下だと⁉ あのバカ王子カールが陛下で、私は殿下か。ここまで屈辱的なことがあるか」
その言葉を聞いて、珍しくオールドは動揺していた。
「失礼しました、閣下。落ち着いてください。戦場の常勝将軍であるあなたが動揺すれば、経歴にも傷つきます。あなたは、王家の最高傑作です。たしかに、カールはここ最近の戦で連勝していますが、あなたは十を超える戦場で常に勝ってきた経歴があります」
少しだけ落ち着きを取り戻す。
「すまない、少し動揺した」
側近に謝りながら、ここで出す次の一手は決まっていた。
すでに要塞が完全に敵の手に落ちていることを考えれば、この兵力では勝てるわけがない。ならば、潔く退却する。まだ、戦闘は行われていない。よって、敗北とはならない。そもそも、カールが王国の王位を継いだとしても、こちらとの国力差はほとんど変わらない。有利なのはこちらだ。
戦場において最も優先するべきは、兵力であり、それを支える兵站だ。それはつまり、国力から生まれる。いくら弟が名将であろうとも、しょせんは今は地方の有力な豪族に過ぎない。
奴らは要塞を抑えたことで、負けないだけで、こちらに勝てるわけがない。
だがな、カール。お前だけは絶対に許さない。私の完璧な計画を邪魔するお前だけは……その仮の玉座から引きずり降ろしてやる。
「全軍撤退。戦略目標を失った。いたずらに犠牲を出すわけにはいかない」
弟の前に、まずは自分の足元を固める必要がある。やはり、政治や軍事がわからない司祭たちでは、もうどうしようもない。目指すは、親政の簒奪だ。




