第14話 地下牢の戴冠
―ミズレーン要塞司令・グワガン視点―
「まかさ、あのダメ王子が本当に攻めてこようとは……」
魔力砲の射程外に陣取った敵陣を見つめて、思わずため息が漏れる。ここは教皇権の象徴である大要塞。守兵は約五千。相手もほぼ同数の六千。攻める側は、守る側の数倍の戦力が必要というのが常識。それもわからずに、ただスピードだけを求めるとは……
本心を言えば、王族を殺すのは忍び難い。自分は教皇親政に、ただ偶然参加したに過ぎない。国王陛下からシン殿下の補佐を任せられて、そのまま反乱に加わらざるを得なくなってしまった。武功を挙げて、国の象徴たるミズレーン要塞の司令になったはいいが……
まさか、ここでも王族と戦わなくてはいけなくなるとは。己の運命を呪う。
また、ここは最強の要塞であるとともに、政治犯の収容所になっていた。収容されているのは、親政に対して抵抗分子となり得る旧・ビスマルク派系の司教たちである。両統迭立時代は、旧王国とも仲が良く主流派だった人間たちだ。慣例で一時的にロマネスク派の現・教皇猊下に地位を預けていたものの、革命を起こされた形となっている。特に、先代のロマル大主教・オットーは、次期教皇と呼び名が高い人物であり、現政権の政敵でもある。彼はこの要塞の地下に収容されている。
「いいか、鎮守府将軍閣下がやってくるまで、耐えるんだ。援軍来訪後、一気に打って出るぞ」
この要塞にはいくつもの魔力増強砲が設置されており、下級魔力ですら上級魔力に変換されて、敵をなぎとばす。他の領土が落ちようとも、この要塞は不滅であり、ここからまた国家が復活すると一種の信仰の対象になりつつある。
「六千の兵力など射程内に入ったら、ものの数分で消滅する」
そう言うと味方は沸き立った。
しかし、敵の大将であるカール愚王子は、恐ろしい手法で戦争を仕掛けてきた。
※
正午過ぎ。敵に動きもなく、神経を苛立てていると、伝令が慌ててやってきた。
「司令。2騎が要塞にゆっくり駆け寄ってきます」
「その程度、一撃で沈めてやれ‼」
「しかし、彼らは白旗を掲げています」
なにか伝えるための使者かそれとも、命乞いの降伏か。どちらにしても、白旗を掲げている相手を撃てない。
「わかった。速やかに確保しろ」
しかし、その使者二人は驚くべき人物たちだった。
司令室に案内されてきた男は、敵のど真ん中で不敵に笑っていた。
「カール王子、まさか、あなた本人がここに?」
敵の総大将が、にこにこしながらこちらにあいさつする。
「お久しぶりですね、グワガン司令。さすがは、天下の大要塞ですね。中に入るのは、初めてですが、広くて迷ってしまいそうだ」
「何を目的でここに?」
「ええ、まずは降伏勧告に」
「圧倒的な有利なこちらに降伏勧告など笑止千万。そもそも、あなたは反逆者だ。ここに自ら出頭したならば、こちらは捕えなければなりませんな」
護衛の兵士たちが剣を握る。
「黙れ、クワガンっ‼ 主君に弓を引く覚悟がお主にあるのか。それは騎士としての忠義をかけての発言か?」
思わず平伏しそうになってしまうほど威厳に満ちた返答だった。あのダメ王子の声だったのか⁉ 思わず疑いたくなるほどの。兵士たちは、思わずたじろいでいた。
「私の今の主君は、教皇猊下であり、そもそもあなたは王では……」
騎士が忠誠を尽くすのは、あくまで王に対してのみ。
「それは、すぐに証明できる。私を捕らえるなり、殺すのはその後にしたまえ。オットー猊下と面談したい。地下牢まで連れていけ」
敵の大将から命令される。不思議な状況に、悩みすら生まれてしまう。
「地下牢なら私を処刑するのにもぴったりだろう?」
そう微笑む王子に対して、自分を含む周囲の人間は恐怖を感じていた。
※
「オットー猊下、王国13王子のカールです。覚えていらっしゃいますか?」
オットー前大主教の牢で、王子は跪いた。髭にまみれたしわくちゃの老人は、優しく「久しぶりだね、カール」と笑っている。かなり、親しげだ。
「私を牢の中に入れてくれ」
王子はそう言った。好都合だ。話が終わったら、槍で突き刺してやる。牢に入っていれば抵抗もできまい。
「猊下。お助けに来ました」
「何を無茶なことを……私ごときのために……」
「弟子が師を助けることに理由は不要でしょう」
よしそろそろ頃合いだな。
「カール、そこまで聞いたら生かしてはおけぬ」
こちらがそう言うと、槍兵たちは構える。
「黙れ、クワガン‼ この剣を見ても、それが言えるか」
王子は腰にささっていた剣を抜いた。一見、ただの古い剣に見える。しかし、魔力を込めた5つの宝玉が施されており、こちらは真の王者にしか扱えないと言われている伝説を持った宝剣と瓜二つ。歴代国王でも初代の建国の父しか扱うことはできなかったとされ、建国始まって以来の秀才とされたシン鎮守府将軍ですら、封印を解くことはできんかった。そして、その宝剣は、動乱が起きる前に、なぜかこつ然と王都から消滅していた。
「王権神授の宝剣⁉ その封印を解いた者は、真の王者と神が認めるとされている、あの伝説の……どうして、カール王子の手元に?」
その保有者に仇をなせば、神罰すら下るとされている伝説の剣を見て、兵士たちは次々と槍を落としてしまう。
「オットー猊下。お願いします」
改めて、カールはオットー前大主教に剣を掲げる。オットーは牢獄で衰えた足で、なんとか起立してその宝剣に祈りを込めた。
その場にいた誰もが、感動すら覚えていた。
目の前の光景は、いくつもの絵画で表現されている歴史的な名場面と同じだったから。初代建国の父がイスパール大聖堂で当時の教皇から王権神授の宝剣を授かり戴冠するあの伝説的な光景の再現だった。
彼らの周囲には、宝玉が光り、天井からあるはずもない光が差し込んできていた。神秘的な世界に思わず、敵すらも涙を浮かべている。
「地下牢の戴冠だ」
自分も思わず平伏していた。




