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第13話 ミズレーン要塞

―マリア視点―

 まさかの劣勢を覆して、兄は戦いに勝利してしまった。敵の大将であるハロルド大司教は敗死し、ミラー軍監を捕虜にしてしまった。兵数だけでも10倍近い相手を捕虜にしてしまった。


 そして、彼は戦から帰った夜、私の部屋に姿を出した。

「やぁ、マリア。元気かい?」

 あの壮絶な逃亡劇の結果、私は少しだけ体調を崩して、熱を出していたと知ったらしい。自分はその逃亡劇に加えて、戦さまでこなしているのに、平然としている。


「ええ、おかげさまで。兄上、ご戦勝おめでとうございます」


「うん。でも、これで終わるほど、兄上も教皇様も甘くないだろう。まだまだ、油断ができないね。ミラー軍監はこちらで戦ってくれることになったのはうれしいけど」

 ケロッととんでもないことを口走っている。あの堅物で代々教皇領の軍事部門を司っているミラー家の現当主が、こんな吹けば飛ぶような反乱軍に寝返ったのだ。信じられない。偽装なのではないかと思ってしまう。いや、この兄はここまで来るまでに何度、奇跡を起こしたの? 王都からの無傷の逃亡劇、砦の防衛、ミラーの篭絡。これだけでも、名将と言われるほどの功績。


「お兄様は、軍才があったのですね。今まで一緒に育ってきて、知りませんでした」


「そうかもしれない。だが、しょせん持っていても人殺しの役にしか立たないのは皮肉だね。何事もなければ、僕は歴史を学んで朽ち果てようと思っていたのにさ」

 兄の目は、後悔にゆがんでいた。思わず、抱きしめたくなる。その代わり、言葉を紡いだ。


「なぜ、そこまで……」


「僕にしかできないからだ。大切なものを守るために。もう、母上のような悲劇を見たくはないから」

 兄は力強く断言し、前に進もうとしている。


「もう、どこかに出かけるのですか?」


「うん。ミズレーン要塞に行ってくるよ。あそこを奪えば、この領土の安全は確保できる」


「奪う⁉ まさか、あのミズレーン要塞をですか。いくら味方が増えたからとはいえ、半軍団くらいの兵力で? 正気ですか」

 兄は大笑いする。


「うん、正気だよ。勝算だってきちんとある」


「あの要塞が持つ意味まで、本当にわかっているんですか?」

 歴史オタクの兄に対しては愚問だと思った。すぐに、明朗な答えが返ってきた。


「あの要塞は、もともと教皇領に対する異教徒集団の侵入を防ぐために作られた巨大な要塞だ。900年代に起きた異教徒戦争、通称・レコンギスタの際も7度、攻防戦の舞台となっており、いずれの場合も精強な異教徒の軍隊を退けた。特に、第六次ミズレーン要塞攻防戦の際は教皇領の大部分を失って、ミズレーン要塞に教皇猊下自ら籠城して戦況をひっくり返した歴史的な戦いでもある。その戦いで、教皇の側近の騎士団を指揮したのが、建国の父でもある。特に、異教徒の軍隊はこちらの魔力体系にない凶悪な攻撃をしたとされるが、それですら要塞を落とすには足らなかったんだよね」

 詳細に聞けば、あまり知名度はない他の6つの攻防戦についても詳細がスラスラ出てくるだろう。いつもの兄だが、どこか遠くにいるように思う。そして、兄のことだ。その戦闘の詳細を分析し、弱点を見つけているということだろう。


「そして、鎮守府将軍ことシン兄上も、あの大要塞は落とそうとはせずに、先に王都を狙った。結局、あの要塞が親政に恭順を示したのは、王家がほぼ滅亡し戦意を失ったからだ」

 歴史的に見ても名だたる英雄が落とすことができなかった最強の要塞。そして、国家の存亡についての象徴でもある。そこを取れば、天下を取るに等しい価値がある。目の前の実兄は、それが可能だと断言した。普通であれば大言壮語と言われかねない。でも、兄はすでにそれを発言できる実績を積み上げつつあった。

 

「私は今回も守られるだけなんですね」

 寂しそうにそう言うと、兄は優しく否定する。


「違うよ、せめて、マリアだけは昔のままでいて欲しいんだ。僕が戻る場所であって欲しい。それはただのわがままなのかもしれないけど」

 そう言って、彼は指揮官の顔に戻って、部屋を出ていった。


「ご武運を」

 そう言うことしか、私はできなかった。


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