第12話 新政権のひずみ
―鎮守府将軍視点―
すぐに新都に向かい、教皇との面会を求めた。もちろん、理由はカールの乱についてだ。
面会の場に通されるとすでに、政府首脳は集まっていた。
「しかし、ハロルド大司教が死ぬとは」
「彼の後任は誰になるのか」
「それよりも、カール王子領をどうするかが先だ」
「すでに兵力は降伏したミラー軍を含めて六千に近くなっている」
「旧王党派が続々と集結を始めたら、すぐに万を超える」
自分と同時にクワンタ大主教が入ってきた。貴族や司祭のあまりのまとまりのなさに、気が滅入りそうになる。こんな緊急事態にハロルド大司教の後任の話などのんきすぎるぞ。政敵も同じ表情をしていた。奴とはここばかりは、利害が一致している。すぐに、追討軍を派遣しなくてはいけない。王党派の神輿は完全につぶしたはずだったのに、まさか、カールに邪魔されるとはな⁉
あいつの領地は辺境で、北部と西部を海に囲まれている。よって、攻めるなら東部、もしくは南部からなのだが、教皇軍はスピードを優先して東部から攻めて、大損害を被った。東部の砦はすでに要塞化されているなら、こちらは南部からだな。
運がいいことに、南部は王国が作ったミズレーン要塞がある。そこに兵を集結させて、南部から一気に侵入すればいい。南部は農耕地が広がっている。防げる場所などない。
「鎮守府将軍、ここに」
あえて、名を告げて入る。司祭たちはまるで救世主が来たかのように目を輝かせる。
「新都大主教、ここに」
あいつもこちらの真似をして入場してくる。親政の両翼と呼ばれている我々が会議に加わったことで、場は落ち着きを取り戻してきた。
「まずは皆さまにお伝えしたい。ハロルド大司教率いる遠征軍が壊滅したとしても、我が軍の動員可能兵力はまだ10万を超えます。こちらの優位に揺るぎはありません。敵はしょせん6千程度」
数字をもって冷静に伝えることで動揺は収まりつつある。
「皆の者、鎮守府将軍と二人きりにしてほしい」
猊下がそう告げると、一同は少しずつ退席していく。大主教も不満を顔に出しながらも、命令に従っていた。
※
「まずは、将軍。ハロルド大司教の敗死とミラー軍の降伏。これは、今回の戦いで最も無様な結果になってしまったな」
教皇軍の敗北は、宗教的な権威をも傷つける。よって、教皇猊下の旗の下では必勝が求められるのだ。
「敗残兵については?」
「大主教が責任者を処刑したよ」
「そうですか」
今回の親政の最大の不満点は、厳しい宗教法に基づいた裁判である。王国時代はあまりに苛烈な処罰が行われるのを防ぐために、王国法が採用されていたが、親政によってそれが廃止されていた。王国法は実務に特化した裁判のための法律で、訴えから結論まで非常にスピーディーで受け入れられていたものの、古い教皇法が再登板したことで、国内は大混乱に陥っている。それも、この裁判は最終的に3人しかいない大主教の決裁が必要であり、司祭の合議で判決が下されるため時間もかかる。
だが、自分はこれを特に止めていない。大主教派にネガティブなイメージを植え付けることができるからな。たとえ、どんな手段を使ったとしても、こいつらを排除し、俺が頂点にたどり着く。今は従っているが、どこかでこいつらを……
少しずつ親政のひずみが生まれ始めている。
「鎮守府将軍。もし、カールが自分から動くなら、どうする?」
鎮守府将軍は、教皇の軍事顧問的な役割もある。だから、もちろん答える。
「私であれば、一か八かミズレーン要塞を先手必勝とばかりに攻めてしまいます」
「あの最強の要塞をか⁉」
「ええ、可能性は低いですが、政局の転換期のため将兵が動揺していますので、なにかしらそこをつけば……」
「カール王子領は、最強の防御力を手に入れることができるわけか」
「敵はすべて入口付近で動けなくなりますからね」
ただ、あのカールにそんなことができるのか。半信半疑だ。しかし、その悪夢はすぐに実現されてしまった。
※
「カール王子軍、ミズレーン要塞、強襲」
1時間後にその報告がもたらされた。




