第11話 器
―ミラー軍監視点―
「まさか、ここまで見事に破れるとはな」
結局、ハロルド大司教が討死して、指揮ラインは完全に崩壊した。さらに、神罰を恐れる部下たちは、こぞって軍門に下った。部下たちを見捨てることもできずに、私もカール王子に降伏の意を伝えた。最悪の場合は、部下の助命を願い自分だけ処刑されても構わない。
「しかし、あの巨大な魔力を持つエルフはどこで。あの切り札がいる限り、神罰を恐れる我々では対処ができなくなる」
降伏した部下は、5000人いると聞いた。まさか、10倍以上の兵士を捕虜にするなど、歴史的に見ても異例の事態だろう。領都の地方庁に収容された形だが、待遇は悪くなかった。食事もしっかりでる。敵の兵力は500だったのに、5000人の捕虜を食わせていけるだけの貯えがあるのか。去年、飢饉とまではいかなかったが、不作であったはずのこの領土で……あのバカ王子は、どうやら領主としても優秀らしいな。芋料理が多いから、おそらく小麦とは別に芋も、もしもの際の備蓄にしていたんだろう。芋の栽培は他国から伝わった最新の技術のはずなのに、すでにここまで実用化させているのか。
「ミラー軍監、失礼いたします。カール殿下の副官を務めさせていただきますネロと申します。殿下がお話ししたいとのことですが、ご都合いかがでしょうか」
まるで、大切な客を接待しているかのように、捕虜の私に接してくれる。思わず苦笑いしてしまった。そして、その名前にも聞き覚えがあった。
「ネロ。そうか、君がマックス百人隊長を討ち取った弓の名人か。本当に若いんだな。敵ながら君の武勇には尊敬している。殿下のところにご案内いただけるなら光栄だね」
しっかり引き締まった腕。無駄のない筋肉。おそらく、猟師出身だな、この身体つきは。
やはり、油断のできない猛者ばかりじゃないか。情報戦ですでに負けていたことを、突き付けられる。
※
案内されたのは、豪華な食堂だった。すでに、カール王子がにこやかに笑って座っていた。見る人によってはハンサムの優しそうな笑顔。無能と思われていた怪物がオーラもなくそこで優雅に本を読んでいる。こちらが入ってきたところを確認し、慌てて本を閉じていた。部下たちはそれを笑っていた。
「カール殿下、お話とは?」
こちらがうながすと、彼は笑う。
「ええ、ミラー軍監とこれからのことを話したくて、夕食にお誘いしたわけです」
彼は食前酒を自ら俺のグラスに注いでくれる。甘く淡麗なシェリー酒だった。
これからのこと。そうか、彼は、礼節をもって対応し、死の運命にある私を食事で慰めようとしてくれ
ている。たしかに、教皇領に戻ったとしても、敗北の責任を取っての死罪は免れない。最期の夜に、武人としての礼節を持って、晩餐を開き、お互いの敢闘を称え合い明日の処刑に備える。敵ながら粋なことを考えてくれているな。
「なるほど。では、私の命を持って、部下たちは罪に問わないでいてくださるのですな。ありがたいことです」
塩漬け肉と野菜のスープが前菜として運ばれてきた。今度は食事用の辛口白ワインを注がれる。白ワインは最高の味だった。おそらく、この王子が私のために選んでくれたのだろう。
「いえ、違います。もちろん、あなたの部下の命をいたずらに浪費しようなどとは思っていません。しかし、彼らのほとんどは家に帰っても自分たちが責任を取らされて処刑されるのではないかとおびえております」
「そちらは、私の首でどうにか許していただきます」
「ミラーさん。あなたは優れた指導者であり、責任感もある尊敬できるかただ。あなたをここで失うのは、私も本意ではない」
「しかし、誰かが責任を取らなくてはいけません」
「それは、ハロルド大司教が死を持って償っている。あなたまで、過剰に責任を押し付けられることを見て見ぬふりはできませんよ」
若い王子は、誠実な目でこちらを見つめて怒気を強めた。
「ミラーさん、あなたの部下たちも教皇親政の誤りともいえる過分な処断を恐れられています」
「殿下、我が主である教皇猊下をおとしめるようなことは、いくら恩あるあなたでも許せません」
「いえ、聞いていただかなければなりません。教皇猊下と鎮守府将軍を名乗る兄は、私の若干6歳の甥すら処刑しました。彼が王家の嫡流であるというただそれだけの理由で。6歳の幼児をいただずらに凶悪な処断をしている新政府を見れば、いかに正義のために戦ったあなたの部下たちですら、自分の身を安心できましょうか。6歳の甥は何か罪があったのでしょうか。そんなことはないのです」
思わず王子の言葉に納得しそうになる自分がいた。たしかに、あのカルロス処刑は新政権の中でも評判が悪かった。この事例を持って、新政権は、小さな不平でも厳罰を持って処罰するという風潮すら流れている。
「統治において、もっとも重要な量刑罰の基準ができていないのです。それでどうやって正義を語ることができるでしょうか。それもあなたたちは、国を守るために戦った勇者たちです。私は敵対関係にあったとしても、尊敬すべき相手なのです。どうして、あなたたちのような方々をわざわざ死地に向かわせることができるでしょうか」
どうして、あんな天才的な軍事の才能を持ち得ているのに、ここまで誠実に……恐ろしいほどの二面性と器の大きさだ。
殿下は続けた。
「どうか、ミラーさん。私の手を取ってください。あなた方は私の責任を持って、保護させていただきます」
自分の視界は思わずにじんでしまっていた。




