第10話 歴史書③
巻3 カール王子、立つ
5月、カール王子立つ。自らの領地で、乱をおこし、従う兵力わずか500。
王子は「たしかに、国王以下、王族は、神の代行者である教皇猊下に不忠をしてしまったかもしれない。しかし、それは一族もろとも滅ぼされるほどの罪だろうか。我が甥は、若干6歳ながら衆目の悪意にさらされて処刑された。このような過大な罪を子供に背負わせるのは、不忠と同じくまた国を乱す。教皇猊下と我が兄シン・アレフ将軍両名は、神の名を騙ってただの虐殺を行っているに過ぎない。我、それを正す」と語り、家臣たちことごとく感涙した。
王子は心優しき性格だったが、王国時代は政務に関心がなく、不真面目で非常に評価が低かった。貴族学園にいた時代は授業を抜け出し、森で散歩をし、王族とは思えないほどマナーや神事に詳しくなかった。しかし、独特なカリスマ性を持ち、心酔する者も多数いた。この二面性の故事を「能あるタカは爪を隠す」と称す。タカは、言わずもがな、神聖イスパール王国の王旗である。
教皇、参議たるハロルド大司教を将とし、ミラー軍監とともに20万の兵力派遣し、乱の鎮圧を図る。
王子、大軍を迎え撃つために、クズール砦に籠る。クズール砦は、小さな砦だったが、天然の要害にして、非常に堅牢なり。王子、奇術師のように大軍を翻弄する。
ハロルド大司教、無策にして、いたずらに突撃を繰り返し、道中に仕掛けられていた罠や伏兵によって大きな苦戦を強いられる。
また、ここで有名なカール配下の若き弓の名手・ネロと教皇軍の百人隊長・マックスの決闘が起きた。ネロはギリギリのところでマックスを射た。マックス立ちながら、満足そうに笑い絶命する。人々、若き兵士の勇気と鍛錬を褒めたたえた。この決闘の故事が元となって、ネロは現在でも史上最高の弓の名人と考えられている。
大損害の為、ハロルド力攻めをあきらめて、砦を包囲する。深井戸が掘れない砦の地形を利用して、兵糧攻めを狙う。しかし、神の真意を超えた大爆発が起き、包囲網は崩壊する。
人々爆発を恐れ、「神の御心は、カール王子にあるのではないか」と噂し、教皇軍は大混乱に陥った。
カール王子、その隙を見逃さずに、教皇派遣軍本陣を強襲し、ハロルド大司教を討つ。大軍四散し、残った1万の兵力とミラー軍監、どうしようもなくなり王子に降伏する。後に、カール陣営に恭順を誓う。
王子、「たとえ、寡兵であろうとも、勝利をもって、神は我々を認めてくださった。我らは力の限り抵抗する」と語る。これより、カール王子は旧・王党派の盟主となり、教皇親政の最大の障害となっていた。
これ以降、「愚かな王子」と嘲笑されていた王子の評価は、はっきりと変わる。現在では、「軍神」、「戦場の奇術師」、「無敗の名将」と呼ばれているカールの異名を、王子をばかにしていた当時の人はどう思うだろうか。おそらく、信じてはくれないだろう。
後世の歴史家は語る。
なぜ、カール王子は愚かな男という仮面を被っていたのかについては、研究者でも解釈が分かれている。そもそも、生来のめんどくさがり屋で自分の命が懸かった難局でしか才能を発揮できなかったと考える人もいれば、13王子という微妙な出自の為、自分の才能を隠さずにいたら、間違いなく政争にまきこまれてしまうのを恐れていたからと考える人もいる。
妹のマリアは、後に「正直に言えば、兄のことはよくわかりません。何も考えていないように見えて、長大な戦略を練っていることが何度もありました。我々常人ではわからない何かが見えているのかもしれません。見えない我々は、兄の器を正しく測ることはできなかったのです」と述べているし、乱が発生する前から側近のネロも「学園を抜け出して森を散歩していたのは、王国の難局の際に、どのように敵が攻めてくるか、どこに逃げれば安全かを実地で確認していたにすぎません。カール様の戦略は、地形に強く依存します。若い時の彼は、勉強をさぼっているように見えて、自らの戦略眼に適う地形を自ら確認していたのです」と回顧録に残している。
後にカールの四天王と呼ばれるピエール、ネロ、ハルク、ミラーの出自を確認すれば、おもしろいことがわかる。ピエールは大貴族の庶子、ネロは猟師の子、ハルクは田舎貴族出身の官吏、ミラーは代々神官に仕える武官であり、王党派から庶民、地方出身の官僚、教皇派など出自を問わずに、幅広く、時には敵になりえる社会階級からまで支持を受けていた稀有な人物だったとわかる。




