さらば単純作業
私の職業は、世間では単純なくりかえし作業と言われるものである。こういうのは苦手な人が多いらしく、あまり評判はよくない。同じような作業をずっとくりかえすのは精神的にきついという話をときどき聞く。だが私は単純作業が好きである。
忍耐力が人並み外れて強いとか、精神の修養を積んだというわけではない。単にそれが楽だというだけのことで、つまるところ性格の問題なのだろう。
思い返せば子供のころからそうだった。単純な計算問題だとか、教科書の例文を延々と書き写すとか、そのようなことを一切苦にしなかった。ほかの生徒は早々に飽きておしゃべりなど始めていたようである。
単純なくりかえし作業には、ある種の静かな魅力があると思う。同じ作業を延々とくりかえすうちに周囲の雑音が消えて、世界には自分とその作業だけが残る。その状態でさらに作業をつづけると、それは同じ作業でありながらもはや同じではなく、どんどん深まってゆくように感じられる。忘我の境地とでもいおうか。
残念なことに、この種の作業は機械で置き換えてゆくのが時代の流れのようである。私の現在就いている職業も、三十年後ぐらいにはなくなっている可能性が決して低くはない。そのころの若い世代はもはや単純作業というものをやったことがないまま成長し老いて死ぬことになるかもしれない。それは幸福なことであろうか。私には何ともいえない。
第九部はこれで終わります。




