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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第九部 さらば単純作業
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破壊とごほうび

 牛乳が余っているのだそうである。それで政府は酪農家に対して乳牛の処分を推奨した。処分した頭数に応じて補助金を出すというのである。

 これは何年か前に話題になった事件である。酪農家は当然イヤな顔をしたし、酪農家以外の人々からも非難轟々だったと記憶している。自分の家族同然に大事に育ててきた牛を軽々しく殺させようとは何事か、といった論調であった。

 私もこのニュースには眉をひそめたものだ。「何かを損うことに対して褒美を出す」という発想がどうも悪魔じみているように思えて気に入らないのである。

 たとえば、あなたが学校なり職場なりで先輩からこう言われたとする。「おまえのそのボールペン、へし折ってみてくれよ。そしたら一万円やる」。これが気に入っているボールペンならもちろんイヤだが、そうではない、なんとなく使っている思い入れのないボールペンだったとしても、やはりいい気はしない。何かを損うというのは本能的に不快である。金の力でそれをあえてさせようとする者は邪悪である。

 しかしこの国においてはそれはすでに大々的に行われてきた。いわゆる減反政策である。米をつくるために丹精した田んぼを他の作物の畑へと転用する、もしくはつぶして空地にしてしまうと、補助金がもらえるというものである。

 何かを損なうために金を出すことも醜悪だが、言われたとおりにして金をもらうほうもいいかげん情けない。この件にかぎらずこの世界では金というものは、無理を通して道理を引っ込ませる、あるいは良心を黙らせるための道具として用いられる傾きがある。どうもロクでもないものである。


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