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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第九部 さらば単純作業
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財布に関する妄説

 長く使ってきた小銭入れを買い替えた。古くなってチャックがちゃんと締まらなくなってきたので、思わぬときにチャックが全開して小銭大散乱という惨劇が現出せぬよう未然に対処したのである。

 小銭入れは、今までのも新しいのも四角形の三辺にチャックがついていて、チャックをぐるりと開けると中にいくつか仕切りがあって金やらカード類やらを入れておくことができる、よくあるやつである。ところが、新しいやつと古いやつにはひとつ重大な違いがあった。新しいやつはチャックをあけても口が大きくひらかないのである。重大ではなく些細な違いだって? そうかもしれない。ただ、小銭を取り出すのは格段にやりにくくなった。せまい口に指を突っ込んで、目的の種類の硬貨をつまみだすのはなかなか面倒である。


 世間ではキャッシュレス決済が流行りのようである。私は口座振り替えは従来利用しているが、それ以外の今ホットなやつ、クレジットカードやらアプリやらを使っての決済は一度もしたことがない。

 キャッシュレス決済にはどんな利点があるのか。よく目にする答えは、第一に偽金の防止、第二にポイントがたまること、第三に現金払いのわずらわしさからの解放、といったところである。第一の点は怪しいものだと私はかねがね思っている。これまで印刷機で偽造をおこなっていた偽金屋さんがコンピューターで偽造をおこなう偽金屋さんに置き換わるだけであって、事実そのたぐいの不正はすでに発生しているし今後ますます増えるだろう。第二の点は私は顧慮しない。この手のポイントとかに興味がないし、集めても使いそびれる人間なもので。で、第三の点である。

 そもそも私は現金での支払いを面倒だとかわずらわしいとか思ったことが一度もなかった。そういう人もいるということは知っていたが、世の中にはモノグサな人がいるものだとしか思っていなかった。ところが今回の新しい小銭入れを使っていると、現金を財布から出したり入れたりして支払いをするのは実に面倒なのである。

 現金での支払いを面倒だと思っている人は世の中には少なからずいるようだが、想像するにその人たちも使いにくい財布を使っているのではないだろうか。私は使いやすい財布を知っているからそれは財布のせいだとわかるけれども、生まれてから使った財布がすべて使いにくい財布だった人は、財布ではなく現金払いそのものが面倒くさいのだと考えてしまうだろう。してみるとキャッシュレス決済の流行をまねいたのは、財布のメーカーの未熟さも原因のひとつであるかもしれない。

 そしてまた、もし政府が本気でキャッシュレス決済を推進したいと考えるのであれば、使いやすい財布を規制するのが有効かもしれない。口は何センチ以上あいてはならないとか、小銭は何枚以上収納できてはならないとか、仕切りはいくつ以上設けてはならないとか。いや、われわれの政府は本当にやりかねんな。


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