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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第九部 さらば単純作業
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かばん盛衰記

 仕事の道具を入れて持ち歩いていたかばんが壊れた。肩かけ式のカバンで、かばん本体の大きさは四十ないし五十センチほど。十年ぐらいは使っていたもので、まだまだ使うつもりだったが、仕事の帰りに駅の階段の手すりに肩かけのベルトがひっかかって引きちぎってしまい、あえなく廃棄処分と相成った。

 それでかわりのかばんを買うべくいくつかの店をめぐったのだが、思いがけない事実が判明した。肩かけ式のかばんというものが売っていないのである。少なくとも私の求めているような大きさのものはない。女の人が化粧品を入れて持ち歩くような小さいやつはあるが、こちとら仕事用の靴に折りたたみ傘に加えて弁当とオヤツを入れ、さらに寒いときにそなえて薄手のセーター、行き帰りの電車の中で読むための本、そのほかこまごまとしたものを片っぱしから突っ込むのである。

 十年前にはそれなりに見かけたはずだが、と思いつつ売場を徘徊すること数十分、どうやら流行がリュックサックに移ったようだと知る。私はあれは好かない。第一に重心が後ろに寄るので危ない。第二に物を出し入れするのにいちいちかばんを背中から下ろさなければならない。第三に両腕をひもに通すので動きが制約されて窮屈である。といろいろ挙げてみてももうひとつ説得力がない。これは逆で、私はリュックサックをきらっているというより、肩掛け式があまりに気に入っていたのである。

 肩掛け式の利点としては、まず出し入れが機敏だということ。それに加えてかばんを振り回しやすいという特色がある。それの何がよいかというと、実用的な意味はさほどない。ただ、右肩にかけていたかばんを左肩に掛けかえるとき、かばんをぐるりと右から左に振り回す。すると当然その反動で体も振り回される。その動き、その運動、その力の働きが私は楽しいのである。

 ないものはしかたがないので、結局私はボストンだかダッフルだかいう手提げ式のかばんで肩ひもが付属しているのを買った。が、所詮は手提げ、肩にかけるとどうも据わりが悪い。

 リュックサックの次はどんなかばんが流行するのだろう。そろそろドラえもんの四次元ポケットが実用化するころかもしれない。だがあれは絶大な収納力と携帯性を誇る反面、振り回すという観点から評価するとリュックサック以上に面白みに欠ける。かばんを楽しく振り回せる時代はもうこないのだろうか。


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