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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第八部 そこに音楽があるから
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買い物をしながら

 買い物をしていると、なにやら好みの曲が店の中に流れているのが耳に入ってくることがある。曲の名前が何というのか知りたい。が、たいていの場合は曲の紹介のアナウンスなどは入らず、一つの曲が終わったら次の曲、それが終わったらさらに次の曲と、ひたすら曲ばかりが続く。

 聞くところによると、あれは有線ラジオというものらしい。店との契約によって番組を提供している業者があって、その番組にとにかく音楽だけを流しつづけるというものがあるのだそうだ。それも、Jポップとか洋楽とかクラシックとかアニソンとか、さらにはもっと細かくジャンル分けしたものもあるようだ。実際、店内で曲を聴いていると、この店ではアイドルソングばかり流れてるなとか、メタル寄りのラインナップだとか、そんな傾向が見て取れることはしばしばある。

 で、曲の名前を知るにはどうすればいいか。私がよくやるのは、なんとかして歌詞を聞き取って、それをインターネットで検索する、というものである。私は言葉を聞き取るのがあまり得意ではないので、これにはけっこうな集中を要する。もしもあなたがどこかの店で難しい顔で通路に立ち尽くしている男を見かけたら、それは気に入った曲の歌詞を聞き取ろうとしている私かもしれない。

 この方法は迂遠なようだが一定の成果をあげている。私はこれでH☆E☆Sの「Let's sing!!」、GIRLFRIENDの「sky & blue」、美波の「カワキヲアメク」、Official髭男dismの「Pretender」と「Sharon」、杏沙子の「ピスタチオ」、関取花の「新しい花」、STARMARIEの「恋はいつしかシンギュラリティ」といった曲の名前を突き止めた。

 しかしながら、店内がうるさい、歌手の滑舌が悪い、歌詞が日本語ではない、そもそも器楽曲など歌詞の存在しない曲であるといった理由で歌詞が聞き取れない場合も多い。そうするとせめてメロディをおぼえて、メロディ検索にかけてみるしかない。グーグルには、メロディを歌って端末に聞かせると、そのメロディに合致する曲の動画をユーチューブから見つけてくるというサービスがあり、これは私のスマートフォンでも使うことができる。この仕組みは現代文明の達成した偉大な業績だと私は思うが、残念ながら成功率はあまり高くない。これまでにこのやりかたで突き止めたのはアントニオ・カルロス・ジョピン作曲の「イパネマの娘」、それから店内BGMではないが、以前の回で述べた「河は呼んでる」を突き止めたのもこのやりかただった。

 ほかには、ネット上の捜索掲示板に頼る手もないこともない。MMLという音楽を記述するためのプログラム言語を用いてメロディを書き、それをほかの利用者に聴いてもらって情報をつのるという場所がある。私はこれで矢井田瞳の「アンダンテ」を教えてもらったことがあるが、プログラムを書くのが苦手なのでそれ以後は利用したことがない。

 あとは迷宮入りである。だが警察で捜査する事件が迷宮入りになっても時効までは情報収集をつづけるのと同じように、私も迷宮入りとなったメロディの断片のいくつかを後生大事におぼえており、何かの拍子にふと思い出したりする。それもまた私の人生の音楽なのだ。


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