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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第八部 そこに音楽があるから
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パブロフの読書家

 作曲家アントニン・ドボルザークの作品に「わが母の教えたまいし歌」という歌曲がある。私はこれを聴くと、フレデリック・ポールの小説「ゲイトウエイ」を思い出す。といっても、内容には何の関係もない。私がくだんの小説を読んだのは高校生のころで、図書館で借りてきて家で読んだのだが、そのとき母がくだんの曲のピアノ伴奏を練習していたのである。そのため、小説の記憶と曲の記憶が結びついてしまい、曲を聴くと小説が思い出されるという、いわゆる条件反射ができてしまったのだ。

 この現象は、たとえばドラクエのBGMを聴いてドラクエの物語を思い出すというようなのと表面的には同じものである。しかしながら、ドラクエのBGMとドラクエの物語の場合とは異なり、「わが母の教えたまいし歌」と「ゲイトウエイ」の組み合わせは私の身の上に実際に起こった偶然のできごとだけが根拠であり、私以外の人にとっては何の意味もない。それだけに、私にとってはこの組み合わせはいっそう価値がある。おおげさにいえば、私が人生で得た宝物である。

 このような組み合わせは私のなかにもうひとつある。フレデリック・ショパンの有名な夜想曲第一番を聴くと、エム・アイ・エーというマイナー出版社から刊行された「ドラゴンスレイヤー」のゲームブック版を思い出すのだ。

 私はかつてゲームブックというものを数百冊は遊んだことがあるが、そのなかでもこの「ドラゴンスレイヤー」は非常に印象的な作品であった。ゲーム的な面の作り込みこそやや甘いが、暗示に富む物語、妖しくも美しい数多くの挿絵は忘れがたい。そしてそれはどことなくショパンの印象にも通じるように思われる。

 考えてみれば、音楽を聴きながら本を読むなどということは、私は年中やっているのである。にもかかわらず、条件反射を形づくった組み合わせはこれまでの人生で二つしかない。それは、曲と本の印象に何か重なるところがあることが必要なのではないかと思う。「わが母の教えたまいし歌」と「ゲイトウエイ」にも、はっきりとはわからないが何か相通じるところがあるのだろう。

 そうした組み合わせを得られるということは、やはりひとつの奇跡であるといってもよいであろう。


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