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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第八部 そこに音楽があるから
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私も年をとったもの

 「与作」という演歌がある。山奥に住んで木こりをなりわいとする男の暮らしを歌ったものである。私は小学生のころに、よく学校からの帰り道で友達と声をそろえて元気よくこれを歌っていた。とりわけ主人公である与作が木を伐るときの掛け声が子供心にすこぶる面白かったのである。

 時は流れ齢四十を過ぎたある日、ふとこの歌のことを思い出した。そしてインターネットで探して聴いてみた。まず思ったのは、こんな曲だったのか、ということだった。子供のころは例の掛け声のところばかり聞き覚えて歌っていたのであって、最初から最後まで通して聴いたことはなかったのである。

 次に、歌詞の情報量の少ないことに驚いた。与作は山奥に女房と二人で暮らしているらしい。いや、他に年寄りとか子供もいるのかもしれないが、歌詞には出てこない。そしてこの夫婦、仕事しかしない。いや、実は二人は濃密な愛を日夜はぐくんでいるのかもしれないが、歌詞には出てこない。そしてその仕事というのも、いたって単調なものである。

 さらに驚いたことには、この単調な暮らしをうたった情報量の少ない歌を聴いて、私は涙が出てきたのである。情報量が少ないと言ったが、それは内容が薄いということではない。むしろ情報量が少ない分、歌う者聴く者がそれぞれ自分の想像をふくらませる余地が大きいともいえる。なるほど、こいつが噂にきくワビサビというものかと私は得心した。小学生のころに誰もフルコーラス歌わなかったのも当然である。ワビサビなどというものを解する小学生はない。それにつけても私も年をとったものだと思いましたな。


第八部「そこに音楽があるから」は、十四回投稿します。

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