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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第七部 棒つきアイスの巻き返し
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本塁打論

 守備側のチームの選手が投げたボールを、攻撃側のチームの選手が棒きれでひっぱたいて打ち返す。打ったボールが競技場の向こう端の塀を飛び越したら、それは本塁打とかホームランといって、攻撃側のチームの得点になるのである。

 印象的な制度である。野球に興味のない人でも、このルールはたいてい知っているのではないだろうか。

 私はいつも、よくぞこういうルールにしたものだと感心する。草野球の経験のある人であればわかると思うが、ボールを遠くまでかっとばすのはいいことばかりではない。川とかヤブにボールを打ち込んでなくしてしまう危険がある。もし野球という競技を作った人がケチンボだったら、当然その危険を見過ごすことができず、ボールを飛ばしすぎたら失格というルールにしていたかもしれない。そうなっていたら、野球の試合はあまり点が入らない地味な展開が多くなっていただろう。また、ボールが大きく飛んだときに観客がワーッと歓声をあげて盛り上がることもなかっただろうから、その面でも地味になったはずである。

 あるときふと私は想像した。このようなルールになったのにはゴールドラッシュの影響があるのではないか、と。野球という競技ができたのはまさにその時期、一八四〇年ごろの米国である。きっと当時の人々は、塀を飛び越えてゆくボールにロッキー山脈を越えてゆく移住者の姿を重ねて見たのだ。西部に行った人の多くは大してもうからなかったわけだが、せめて塀の向こうまで飛んだボールにはチームを勝利に導くという栄光を望んだにちがいない。

 後になって知ったのは、野球のもとになったクリケットという英国の競技にも同様の本塁打のルールがあるということである。つまり野球の本塁打のルールはクリケットからそっくり持ってきただけであって、ゴールドラッシュとはまったく関係がなかった。

 だがゴールドラッシュが本塁打のルールを生んだという説は実に魅力的なので、私はクリケットのことは気がつかなかったことにして、心の中でゴールドラッシュ説を信奉しつづけている。


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