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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第六部 わたしのきらいなもの
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博打

 私の母親はキリスト教の信者であった。それで私も幼いころ母親に連れられて礼拝に出たものである。礼拝の際には聖書のどこかしらが朗読されるので、私は幼くして聖書に親しんでいた。なかには好きなエピソードもあり、そうでもないエピソードもある。あまり好きではないエピソードの筆頭が、「マタイによる福音書」二十五章の金持ちと三人の召使いの話である。

 ある人が旅行に出かけることになって、三人の召使いに留守のあいだの財産の管理をゆだねた。一人めと二人めは預かった金を元手に商売をして利益を上げ、主人が旅行から帰ってきたときにほめられた。三人めは預かった金をなくしてはいけないと思って隠しておき、主人から怠け者とののしられた、というのがその概要。

 私はどうもこの話が釈然としなかった。預かった金で商売をしたやつ、もうかったからいいようなものの、商売がうまくいかなくて元手をスってしまっていたらどうなっただろうか、と。

 本来賞賛されるべきなのは、もうけ話の誘惑に耐えて預かった金に手をつけなかった三人めではないのか。私にいわせれば、他の二人の召使いも主人も、欲に目のくらんだ我利我利亡者である。

 ……と、幼いころはそこまではっきり考えていたわけではないが、この話からうさんくさいものを感じていたことは確かである。


 べつに珍しいことでもないが、私は博打がきらいである。競馬、競輪、パチンコ、宝くじ、その他いろいろあるが、どれもまったくやりたいと思わない。こういう人は多い。また、それこそ人間の健全なありかたであると世間一般では考えられている。

 一方で、世の中には博打の好きな人も多い。私から見ると好んで金をドブに捨てているとしか思えない。趣味というのは押しなべてそういうものだと言われればそのとおりなのだが、いや、それにしても……と納得しがたいものが心のなかに残る。

 そもそも博打というものをかみくだいて説明すると、利益を得るか元手をスるか、どちらの結果が出るかあらかじめわからない行為、ということになる。いわゆる賭け事に限らず、起業や投資も博打と呼ばれることがある。あるいはまた、スポーツでの成功の見込みの低い作戦なども。

 就職して働くのはふつうは博打とは言わない。しかし場合によっては会社が倒産して給料が不払いになり、働き損という結果になることもある。つまり時間や労力といった元手を費やしたのに何も得られないわけで、これをなぜ博打といわないのかというと、そんなことはめったに起こらないからであろう。

 農業も博打と呼ばれることはない。しかし台風や病気で作物が全滅したといった話はときどき聞く。おそらく勤めている会社が倒産するより確率は相当高いのではないかと思うが、このぐらいだとまだ博打にはならないようだ。

 こう考えてくると、私のきらっている博打なるものはけっこうあやふやな観念であることに気づく。

 だいたい誰だって金が手に入るのはうれしいし、金がなくなるのはイヤに決まっている。ただその二つを天秤にかけたときに、どこらへんで釣り合うかが人によって違う。私は金をなくしたくないという気持ちが金を手に入れたいという気持ちよりだいぶ大きいわけだ。一方、世の中の博打うちとか投資家といった人々はその逆なのだろう。

 そしてどうも冒頭で述べた聖書の一件から考えて、私は非常に幼いころから、いや、それどころかもしかしたら生まれたときにすでに、そのような性格をしていたのではないかと思われる。何か博打で痛い目を見て、それで懲りて博打がきらいになったというわけではなく、ただ最初からきらいだったのだ。


 私はときどき想像する。今から何万年か前に、一人の男が石の穂先の槍をかついで一頭のマンモスに狙いをつけていた。この槍を投げつけてうまく急所に当てれば、マンモスの肉がたらふく食べられる。しかしもし狙いを外したらマンモスには逃げられてしまうし、悪くすればせっかく手間ひまかけて石をけずって作った槍もなくしてしまうかもしれない。男は意を決して、えいやっと槍を投げる。

 こういう出来事がたくさんあっただろう。そして槍をうまく当てたやつもいれば、外したやつもいたはずである。現代における博打の好きな人は槍を当てたやつの子孫で、博打のきらいな人は槍を当てることができず農業などもう少し確実なたつきに転じたやつの子孫なのではないか。と、これはまったくの空想にすぎないのだが、私はそんなことを考えたりもする。


「わたしのきらいなもの」はこれで終わります。

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