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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第六部 わたしのきらいなもの
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エビ

 先日、たまには煎餅など食ってみるかと思って、行きつけのスーパーマーケットでおいしそうなのをひとふくろ購入した。家に帰って、さあ食べようと袋をあけたところ、プーンと漂ってきたのはエビのにおい。エビ煎餅だったのである。思わず、人はなぜせっかくの煎餅にエビなんぞを混ぜて台無しにしてしまうのだろうか……と深遠な哲学的問題に思いを馳せてしまった。

 ここまで書けばわかるだろうが、私はエビがきらいである。子供のころから一貫してきらいだった。幼いころは断乎として口にも入れなかった。少し大きくなってからはいくらか我慢して食うようになったが、決して好きになったわけではない。

 エビのどこがきらいか。妙に弾力のあるプリプリした歯ごたえなども気持ち悪いが、何よりもきらいなのはあの独特のにおいである。生ぐさいとも磯くさいとも違う、エビくさいとしか言いようのないあのにおい、エビの好きな人はあれを香りがよいと言って珍重するが、私はまったくいただけない。

 加納朋子の小説「レインレイン・ボウ」に、エビの殻で出汁をとってスープを作る場面がある。作中では多くの人々がおいしいと言って食べているが、私は情景を頭に思い浮かべるだけでオエッとなった。

 殻で出汁をとっているかどうかまでは定かではないが、私の住む仙台には海老ラーメンなるものを商う飲食店がある。その前を通りかかるとものすごいエビのにおいが漂ってきて吐き気を催す。

 スーパーマーケットの惣菜売場でコロッケなど買うと、たまに妙にエビくさいことがある。おそらくエビ天かエビフライを揚げた油を使い回したものだろう。エビの好きな人はもしかしたら「コロッケにエビの香りがついてるなんて得した」と思うかもしれないが、私にとっては何をか言わんやである。


 エビがきらいであることについては疑問の余地はないのだが、実際のところ我慢して食った場合どこまで食えるかというのはよくわからないところがある。

 エビを食って腹をこわしたことが何度かある。とりわけエビの殻を食ったときに起こる。症状を詳しく言うと、腹部の膨満感に始まり、吐き気、悪寒と進みついに嘔吐にいたる。出すものを出してしまえばすっきりする。

 この症状が初めて出たのは大学時代に研究室の忘年会か何かでサクラエビのたくさん入った海鮮焼きそばを食ったときである。帰宅した後で上記のような症状が出て、これはエビのせいではないかと思った。それ以来、殻つきのエビを食べたときなどに何度か同様の症状を見た。冒頭で述べたエビ煎餅のときも、吐きこそしなかったが気分が悪くなった。

 しかし、子供のころにときどきカルビーかっぱえびせんを食ったが、その際はそんな症状が出たおぼえはない。つらつら考えるに、最初に気分が悪くなった海鮮焼きそばの時もべつにエビのせいではなくて、ただの食べすぎか何かだったのではないか。エビがきらいなものだからその体調不良をエビにこじつけ、それ以降はエビの殻を食うつどその思い込みのせいで腹をこわしているのではないか。そのような疑いが否定しきれない。この件についてはどうも自分で自分が信用できない。


 そもそもの話、そんなにエビがきらいなら一切食わなければいいのである。なんだかんだで食うから、よけいな体調不良やら疑心暗鬼やらをまねくのだ。

 世の中には食べものの好き嫌いをするのはよくないという風潮がある。また、食べものを粗末にするのはよくないという風潮もある。結局のところ私もこれらの風潮に支配されており、そのせいで食わずに捨てればいいエビをわざわざ食ってしまっている。

 何かをきらうというのは、ときとして大変な気苦労をともなうものである。


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