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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第一部 自動的な男
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硬い毛筆

 今はどうだか知らないが、私の子供のころは小学三年か四年ぐらいから六年まで書道の実技の授業があった。時間は週一コマだったと思う。硯、筆、文鎮、墨汁などの入った書道セットを学校の共同購入で買い、それを使って授業を受けた。授業の内容は、教師がこれこれの字を書きなさいと言い、それに応じて生徒がめいめい自分の机の上の紙に筆をふるうというものであった。教科書に載った手本によく似たものができると、教師からほめられる。私が毛筆というものを持ったのは、後にも先にもこの数年間の授業のときだけである。

 いまこの書道の授業を思い返すと、まことに噴飯ものであった。なんといっても、毛筆というものがどういうものなのか全くわかっていなかった。

 墨汁に浸った筆は、そのまま放っておくと乾いてカチカチに固まる。使ったあとはそうならないよう十分に洗って柔らかい状態を保たなければならないが、私がそれを知ったのはずいぶん後、たぶん二十を過ぎてからであった。数年間の書道の授業で、私はずっとカチカチの毛筆を使っていた。毛筆というのはこういうものだと思っていたのである。

 教師は毛筆というのは柔らかいものであると教えなかったのだろうか。そんなことは誰でも知っていると思って、わざわざ教えなかったのかもしれない。あるいは、教師はちゃんと教えたのだけれども私が聞いていなかった可能性もある。

 ところが私は無駄に器用だったようで、そんな筆を使っていたにもかかわらず書道の成績はどちらかといえば良いほうだった。弘法太師もびっくりである。


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