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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第四部 ことばの履歴書
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藤兵衛、さらに話す

(9)発言はガラガラポン

 いきなり白状してしまうが、頭の中で考えていることを言葉にするのが苦手である。ちょっと油断しただけで、考えていることとは全然ちがう内容になってしまったりする。これは口で話す場合、字を書く場合、どちらでも同じ。

 接続詞の使い方に注意せよ、という作文指導を何度か見た。私はこれについては本当に実感している。「だが」と「だから」をまちがえてしまい、そのせいでそのあとに続く内容が引きずられて、当初言おうとしていたこととは正反対のことを言ってしまう、という経験を何度もした。

 あるいはこういう経験もある。職場で、Aさんにはいつもホニャララという作業をしてもらうのだが、その日はいつもとは違ってナンジャモンジャという作業をしてもらうことになった。それで私はAさんのところに行って、今日はナンジャモンジャをしてくださいと告げる。Aさんはいつもと違うことを指示されたものだから、今日は何かあったんですかと聞いてくる。そこで私は理由を言おうとする……が、とっさのことで理由が思い出せない。えーと、えーと、と言っていると、ふと頭の中にパッと何か浮かんでくるので、これだと思ってそれを口に出す。今日はいつもナンジャモンジャをしてもらっている人が休んでいてそちらの作業の手が足りないので……と頭に浮かんだことをそのまましゃべるのだが、その最中に突然これが全く事実ではないということに気がつく、といったところである。そのあとはケースバイケースで、あらためて事実に即した説明をすることもあるし、事実じゃないけどまあいいや結果は大して変わらんとそのまま押し通すこともある。

 口で話す場合も字で書く場合も同じと言ったが、書く場合はまだマシである。話す場合に比べて時間をかけられるし、いったん書いたものを消して書き直すこともできる。

 私にとって、頭の中で考えていることを言葉にするというのは、福引のガラガラに似ている。取っ手をつかんでぐるぐる回すと玉がポンと出てくる、あれである。困ったことに私のガラガラは錆びついているのか動きが悪く、回すのに相当な力がいる。そして結局のところガラガラなので、期待どおりのものが出てくるとはかぎらず、まったく見当違いの話が飛び出してきて、自分で困惑することもままある。


(10)悪循環

 このようにしゃべるのが苦手なため、しゃべらなければならない状況を私はいつも無意識に避けている。一例をあげると、私は携帯電話の番号を人と交換するのを極力避ける。番号を交換しそうな雲行きになると、なけなしの会話能力を駆使して話題をそらしたり、さもなければトイレにトンズラしたりする。

 いま、ふと思いついて自分のスマートフォンの電話帳の登録件数を見てみたら、十四件であった。大半は仕事関係と家族や親戚である。ちなみに過去一年に電話をかけた回数は十三回であった。世間の標準がどれぐらいなのか知らないが、おそらく私はかなり少ない部類ではないだろうか。

 電話番号を交換しない以外にも、似たようなことはいろいろやっている。以前仕事を探していたとき、職安の求人票や雑誌の求人広告を無数に見たが、人と話をする機会の多そうな仕事はさっさと意識の外に追いやってしまって、一件たりとも応募しなかった。

 こうして周到にしゃべるのを避けて生きていると、しゃべる経験が必然的に少なくなり、その結果しゃべるのがいっこうに上達しない、という悪循環が生ずる。


(11)能力と意欲

 世間ではコミュニケーションの能力が高いとか低いとかの話がよく出る。私はコミュニケーションの能力も低いほうだと思うが、それ以前にまずコミュニケーションの意欲が低い。人と話をするということに喜びを感じない。自分の中で考えを深めるとか、手を使って作業をするといったことには素直な喜びを感じるが、人と話をするのはその必要があるときに渋々やるだけである。それもなるべく先送りしようとするし、先送りできなくなってからも話す時間や量を極力少なくしようとする。面白くも楽しくもなく、ただただ面倒だからである。

 誤解されるといけないので言っておくが、私はコミュニケーションの必要性や価値は認めている。ただ、それを好まないだけである。税金が世の中にとって必要なことはみんな知っているが、だからといって税金を払うのが好きな人はいないでしょう。それと同じこと。


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