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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第四部 ことばの履歴書
25/77

藤兵衛、聞く

(0)はじめに

 第四部「ことばの履歴書」は、言葉というものを自分がどのように使っているのか、私が自らを観察したり経験を振り返ったりして記したものである。藤兵衛の頭の中はこうなっているのか、と好奇心にまかせて読んでいただいてもかまわないし、ご自身の言葉の使いかたなどについてお考えになる際の参考になさるのもよいだろう。

 では、かたくるしい前置きはほどほどにして……


(1)調子の悪いラジオ

 学生時代、英語の成績はそこそこ良かったが、リスニングは苦手だった。

 当時は気がつかなかったが、これは考えてみれば当たりまえであった。なぜかというと、私は日本語の聞き取りも苦手である。母語である日本語でうまくできないことがほかの言葉でできるわけがない。

 そういえば最近おもしろいことがあった。職場で同僚が、春になってお店でショコラ餅を売っているのを見かけるようになった、という話をしているのを小耳にはさんだのである。ショコラ餅とは聞いたことのない食べ物だが、世の中にはそういうものもあるのか、と私は思った。桜餅の聞きまちがいだと気がつくのに半日ほどかかった。

 もっとも、意味のある言葉に聞きまちがえることはあまりない。単に何を言っているのかわからないだけのことのほうが多い。私にとっては人の話というのはチューニングの微妙に合っていないラジオみたいな感じで、たいていいつもところどころ虫食いで意味がわからないまま話を聞いている。


(2)アテンション!

 それがことに顕著に表れるのが、急に話しかけられたときである。たとえば、現場で言いつけられた仕事をしていると、上司が私のところに来る。

 「藤兵衛君、それ終わったらちょっと早いけど休憩に入って」

 「えっ?」

 「それ終わったら休憩入って」

 「あ、わかりました」

 一度では話が通じないのである。一回めの指示は耳には入っても言葉として聞こえていない。私に口頭で指示を出す者は二回言う必要がある。


 軍隊の暮らしについて書いたものを読んでいると、上官が部下に命令や訓示をする場面がよくある。そのとき、冒頭で上官殿が叫ぶのが「気をつけ」、英語だと「アテンション」である。おそらく兵隊のなかにも私と同じように一回めの話が素通りしてしまう者がいるのであろう。そうならないように、これから大事な話をするからこっちに注意を向けろ、聞き逃しやがったら承知せんぞ、と最初にぶちこんでくるわけだ。

 アテンションは飛行機に乗ったときにも耳にする。ただし客相手なので「アテンションプリーズ」とプリーズがついて丁寧になっている。日本語では「お客様にお知らせいたします」といったところか。「気をつけ」とはだいぶ字面が違うが、意図するところは同じである。これを言わずに「本機はただいまより不時着いたします」といきなり本題に入られると、私などは「えっ?」となってしまい、耐衝撃姿勢もとれないしお祈りもできないという始末になるのである。


(3)歌詞の聞き取り

 器楽曲を聴くのが嫌いな人というのがちょくちょくいる。歌詞がないと聴くものがなくてつまらないらしい。その音楽趣味の是非はさておき、私はそうした趣味ではない。むしろ正反対で、私にとっては器楽曲も歌曲も同じである。なぜなら、歌詞などほとんど聞き取れないからである。

 いうまでもないことだが、歌というものは通常の話のときとは言葉の発音が全然違う。節回しの都合によって音が伸びたり縮んだり、高さが上がったり下がったりする。たいへん聞き取りづらい。そのうえ私は音楽が大好きなので、聴いているとついうっとりしてしまってますます歌詞の聞き取りに集中できなくなる。


(4)耳でのむ睡眠薬

 本を読むと眠くなるという話をときどき聞く。睡眠薬のかわりにわざと寝床の中で本を読むという人すらいる。私の場合はむしろ人と話をしているときに眠くなることが多い。相手の話を聞き取るのに疲れるからである。たいていの場合、人の話を聞いていると五分もたたないうちに疲れて、集中力がなくなってくる。

 そんなわけで、私は学生時代には授業中に居眠りをする常習犯であったし、社会人になってからは会議の最中に居眠りをする常習犯である。


「ことばの履歴書」は全四回掲載します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー、アテンションプリーズって、そうか、聞き逃さないために必要なのか たしかにわたしも最初の一言ってわからないことが多いなあ、とおもいました [一言] 今後ちゃんと聞いてもらいたい言葉はア…
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