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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第三部 ダーガー2.0
23/77

牛乳がおいしかった日

 三十代半ばを過ぎたころから、牛乳を飲むと腹をこわすことが多くなった。それで今ではめったに飲まなくなったが、それまでは毎日飲んでいた。

 とはいうものの、牛乳が好きだったわけではない。子供のころから毎日飲んでいたので、単なる習慣として漫然と飲んでいただけである。栄養面はともかくとして、おいしいと思ったことはほとんどない。

 たった一度だけ、心から牛乳をおいしいと思ったことがある。それは二〇一一年の春のことであった。東日本大震災である。

 当時私は仙台に住んでいた。三月十一日の地震発生のあと数日間は流通がほぼ潰滅、食糧事情がきわめて悪かった。その後だんだんに状況はよくなったが、すぐに元どおりとはゆかず、ことに生鮮食料品などはなかなか入ってこなかった。地震のあと私が初めて牛乳を手に入れることができたのは、三月の終わりごろのことだった。そしてその牛乳が非常においしかったのである。

 ごく普通の、安い牛乳である。低温殺菌だの何だのという大層なしろものではない。それがおいしかったということは、こちらの栄養状態がそれだけ悪く、体が栄養を欲していたのだと思われる。

 あの牛乳のことはいまでもときどき思い出す。あんなおいしい牛乳をふたたび飲むようなことにはなりたくないものである。


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