TSお姉様、お花を摘む
「んぅ……朝……」
まだ早朝だし薄暗い。周りを見渡せば全員熟睡中だ。結構遅くまで魔素感知の講義擬きを開催してたからなぁ。結局は伝え切れなかったけれど。
見張りに関しては魔素感知の応用型を開発してて大丈夫だし。簡単に言うと時限式のアラームみたいな感じかな。基本的にソロだから色々考えてるのだ。
焚き火はまだ完全に消えてない。身体を覆ったマントからもう一度顔を出すと、チロチロ赤い火が見える。
「おしっこ……今のうちに行っておこう」
行こうと思えばいつでも行けたけど、何となく恥ずかしくて我慢してたのだ。今なら皆んな寝てるし大丈夫。
音を立てない様に起き上がり、周りを見渡す。うーん、あっちが良いだろう。枝や葉っぱが沢山落ちてるから無音って訳にはいかないけど、問題なく距離を取る事が出来た。昨晩に魔素感知の色々を教えたから安心してるのかな、きっと。
ゆっくり歩いてると、朝の澄んだ空気が肺を満たしてくれた。森の中だし湿気も適度にあって少し靄が掛かってる。起きたばっかりだからか現実感も乏しくて何だか幻想的だね。うん、好きかも、この雰囲気。
樹々プラス小さな段差のお陰で俺の姿は見えない場所だ。一応周囲を確認してっと。
「脱ぐのを直ぐ出来ないのが弱点だよなぁ、魔力銀の服って。まあ下半身は比較的楽だけどさ」
ベルトの部分が緩んだのを確認してパンツごと膝まで下ろす。そのまま膝を曲げたらお尻に冷たい空気が……うぅ、ちょっと寒い。
「んふぅ……我慢してたから……」
暫くそのままの姿勢。誰も居ないのは分かってるけど、やっぱり外は落ち着かないなぁ。ふいぃ……幾つかあるポーチから使い捨ての柔らかい布を取り出してフキフキ。まあ二十二年も女をやってるから慣れたものです。後は土と水魔法を使って証拠隠滅すればOK。これ大事!
よくあるイベントは起きないよ? だって魔素感知全力だし、こんな時が一番無防備だからね。当然マウリツさん達の位置は把握してます。
「まだみんな寝てるし、ついでに……」
洗顔して化粧水からの美容液、そして乳液。場合には日焼け止めも。まあ普通はこんな感じらしいけど、流石にそんなものは無い。でも、世界は違えど肌のお手入れは女性にとって大切なのだ。だから色々と方法はあるんだよ? しかーし! 魔力強化により肌の状態はいつも最高なのが超絶美人のジル! 軽い洗顔と美容液擬きで大丈夫です。ふっふっふ、乳液で潤いを閉じ込める必要などないのだ! 何だかすいません、パルメさん。
「軽く化粧はするけど、ね」
やっぱりジルはいつも綺麗でいて欲しいから?
氷魔法の応用で鏡も作れるけれど、今日は手鏡で良いかな。櫛と一緒に魔王陛下から頂きました。どちらもアズリンドラゴンの鱗から出来てるから綺麗な水色……ん? そう言えば、アズリンドラゴンって"始原の竜"の系譜だってお母様が言ってたな……つまり仲間的な? その鱗を剥いで加工した櫛と鏡か……か、考えない様にしよう!
「よし」
最終チェックを終えて顔を上げる。
「あ、お墓」
昨日大熊の親子の埋葬された場所が目に入った。うん、もう一度お参りしておこうかな。また来る可能性も低いし出来る事はしよう。森の中って意外と花が少ないから探すの大変だけどね。
「ジル」
膝を抱える様に座っていると、背後から檄渋の声が聞こえた。むぅ、バリトンがヤバイなぁ。勿論近づいてるのは分かってたけど、丁度子熊に語り掛けた時だったから仕方無い。
「マウリツさん、皆様、おはようございます」
立ち上がってもマウリツさんの視線はまだ上だ。俺も女性としては背が高い方だけど流石に勝てないな。
「おはよう。ん、その花は……」
「あ、はい。偶然見掛けたので」
「ふむ、そんな偶然もあるんだな」
「え、ええ」
その全部分かってるからって微笑ましい感じやめよう?
「朝食を摂ったら行こうか」
「はい。括り罠の大まかな場所は掴んだので」
「そうなのか?」
「近づけばよりハッキリと分かりますから、皆様にも手伝って頂けたら大丈夫です」
二重の意味でお花を摘んで、そのあと何となく魔素感知で探したのだ。実際には場所だけでなく一定の法則らしきものも分かった。つまり、罠を仕掛けた奴の行動を予測出来る。上手くすれば見つかるだろう。
もう少し情報を整理したら教えるつもり。
「……それは勿論だが」
マウリツさんのパーティ、つまり"蒼槍の雨"のみんなが困惑してるみたい。うーむ、昨日の説明が下手だったかなぁ。
「ジルさん、この森はアートリスにも匹敵する面積ですが……まさか全部? 確かギルド職員が行う魔素感知は、十数人が分割して行うと聞いた事がありますし、おまけに森を囲うよう何箇所にも分かれて、ですよね?」
「そうですが、流石に全部では無いですよ? 探し方があるので」
ギルドに魔素感知の技術を提供したのは何を隠そうジルちゃんだからね! つまり俺がオリジナルなのだよ、ははは。いつもみたいに胸を突き出してドヤ顔するのは自重しよう。
「ジアコルネリ。余り深く考えるなよ、な?」
まん丸忍者ことピピは腕を組みウンウンと頷いている。いや、何か喋ろうよ。あと寝癖が酷いからな?
「ブルームの言う通りだな」
お! こっちがブルームか! つまり後ろに立ってるのがブランコだな。よし、覚えたぞ!
「少し冷えますし、暖かいお茶を淹れますね。丁度特級の茶葉がありますし、お好きな方はミルクもどうぞ」
「……深く考えない様にな、皆も」
あ、マウリツさんが呆れた様に溜息を零した。しかも今度は全員がウンウンと頷いてるぞ……むぅ、いいじゃん別に。
○
○
○
「これで三つ目だな」
ポツリと溢すブランコが罠を解除するのを見ながら考える。
全部が全部、同じ構造の同じ罠だ。幾つかは使い込まれてるから多分手慣れてるな。昨日今日に始めた感じじゃない。それと括りの部分のサイズから大熊が狙いでは無いだろう。多分、中小型の動物、目的は食糧としてかな。まあどちらにしても許せないけど。
「次はあっちです」
「よし行くぞ」
朝食の時とは違い、全員が静かに集中している。当たり前だけど仕事中だし、何よりダイヤモンド級を擁する高レベルのパーティだ。それにマウリツさんのリーダーシップが凄くて尊敬してしまうよ。上司にするならこんな人だ、うん。
暫く歩けば次の罠もあっさり見つかった。
同時に此れである程度の予測も立つ。恐らく間違いないな。
「ピピさん、この森に詳しいと聞きました。質問していいですか?」
「ん」
おいコラ、目を見て話せ。オッパイ辺りに俺の瞳はないぞ?
「この近くに川がありますか?」
「ある。あっちから向こうに流れてる」
指先が指し示す方向を確認し、予測は確信に変わった。
「間違いないですね。動物達の水場、其処への道程を狙って仕掛けています。残った罠は三箇所ですが、どれも直線上にありますから」
「成る程な。ジアコルネリ、気付いたことは?」
「は、はい。やっぱりこの森に詳しい人間でしょうか? 獣の動きを予想出来る人間であれば、狩人とか」
「違うな」
マウリツさんのあっさりした否定にジアコルネリがガクリと顔を倒す。きっとよくある事なんだろう。俺は口を出さないよ?
「ジル、頼む」
ん? いいの? パーティの事だし黙ってるつもりだったけど。あ、はい、分かりました。
「此処はウルスの住う森ですから……通常ならばジアコルネリさんの予想も間違えてないと思います。でも、この場合は逆ですね。恐らく余所者で、冒険者……いえ、スカベンジャーかと」
「その通りだ。水場中心に罠を多数仕掛けたらウルスの怒りを簡単に買う事になる。ウルスも使う路に仕掛けるなんてタダのアホだ。そしてこんな森の深部でコソコソと活動する奴ならば、ロクな奴じゃない。ギルドに情報も無かったからな。つまり、冒険者のお零れを狙うゴミ漁りだな」
「それと……恐らく複数です」
「ほう、どうしてそう思うんだ、ジルは」
いやいや、分かってるよね? はーい、言いますよー。マウリツさんって何だかジアコルネリのお父さんみたいだな、ふふ。
「罠の仕掛け方に違うクセがあります。最低でも二人、いえ、きっと三人でしょうか。見張りが要りますから」
夜営を行う場合、交代を考えれば二人はキツい。森に隠れてるなら尚更だ。
「流石だな。ピピ?」
「ん、間違いない」
でもジアコルネリも凄い。反発も無く素直に聞いてるからね。剣技も相当らしいし、マウリツさんが育ててる冒険者だもんな。
「臭い消しのために隠れ家は此方側に無いでしょう。つまり……」
「川の反対側……ですか?」
「はい」
川を渡れば臭いを消せる。厄介な肉食獣や魔物からも姿を隠せるだろう。
「ありがとう、ジル。で? 場所は?」
「……大体は」
確かにもう場所は掴みましたけど! 今はパーティの講義中じゃないの? 思わせぶりな感じ、台無しじゃん……
「出来れば生きて捕まえよう。何処の馬鹿か確認したいからな」
うんうん、ギルド長なら上手く対応するだろうね。あのドワーフ、色々と伝手があるみたいだし。
○
○
○
「あの洞穴だと思います」
「ああ、燃え尽きた薪も捨ててある。間違いないな」
こんな場所もあるんだなぁ……落ち窪んだ崖の中腹辺りに横穴が空いてるみたい。崖と言っても断崖絶壁な訳じゃないし、歩いて辿り着ける。足場もあちこちにあるし。ただ、普通に森を歩いていたら滅多に見つからないだろう。
んー、ここは様子見かな。スカベンジャー如きが何人居ようと蒼槍の雨が負ける訳ないし、ジアコルネリも張り切ってるもん。
「ジル、俺達に任せてくれるか?」
「はい」
「よし、行く……むっ」
動き出そうとした時、洞穴から人が姿を見せたのだ。しかも三人、全員が男、髭もじゃ、装備もバラバラで手入れも酷いのが分かる。なんでナイフが錆びてるんだよ、全く。
冒険者は乱暴者?が多いけど、同時に街や村を守る矜持の持ち主だ。何処か厳しい雰囲気はあるし、マウリツさんみたいに立派な大人も多い。しかしあの三人にそんな空気は感じないな。つまり……
「ありゃあスカベンジャーで間違いないな。だろ?」
ブランコが皆に確認してるけど、確信してるね。当然だけど外見だって大切なのだ。依頼主にも会う事がある訳だし。あんな汚い風体の奴等に仕事を任せる人は限られるだろう……と言うか盗賊にしか見えない。
「暫く観察する。括り罠との関連も確定したい」
マウリツさんの言う通りかな。奴等は俺達に全く気付いてないし、警戒感も薄すぎ。小物臭が凄い。
三人組は外にあった石組み、多分簡易的な竈門かな。それに火を付けてるみたい。へえ、一応魔法をちゃんと使えるみたいだな。よしよし、何か話し始めたぞ。
「おい、今日こそ獲物はかかってるんだろうな!」
「へ、へい。あの辺には足跡もありましたし、大丈夫でさぁ」
「テメェはこの前もそう言ってたろうが!」
「落ち着いて下さい、アニキ。今回は俺も確認してますから」
「ふん、良いだろう。陽が上に来たら出るぞ」
……うわぁ、本当の小物だよアレ。思わずマウリツさんを見たら、ハァって溜息をついてるし。もう証言したようなものだよなぁ。早く捕まえて帰りませんか? ん、もう少し様子を見る? あ、はい。
「しかし折角"別大陸"まで来たのに、何て運が無いんだ、チクショウが」
うん? 別大陸? リーダーらしきおっさんが干し肉を齧りながら変なこと言い出したぞ。
「"死神キーラ"がアートリスに居るなんて……何で奴がツェツエに……バンバルボアから逃げて来た意味が無いですね」
んん? な、何か聞いた事ある名詞がチラホラと……
「もしアイツに見つかったら何処までも追いかけて来るからな……恐ろしい女だ、クソ」
「気付いたら横とか背後に居て……う、思い出しちまった」
「"宝珠皇女"と寝てやったって冗談言っただけで、まさかあそこまで怒り狂うとは……アイツはマジでヤベェ。絶対に見つかる訳にいかないぞ? 暫くは森で過ごすしかないな」
あばばばば……こ、こいつらバンバルボア帝国民かよ⁉︎ 因みに"宝珠皇女"って俺の通称の一つです……嬉しく無いけど他にも沢山あるのだ。つまり、死神キーラって……
「キーラ=スヴェトラめ」
やっぱりーーー‼︎ 何やってんの、キーラ……
「まあいい。何故か知らんが、この森は人の入りが少ないからな。どうとでもなるだろう」
はぁ、この森には大熊が居るから当たり前だ、おバカ。
拙いぞ……もしかしたら俺の顔も知ってるかも。自分が言うのも何だが、本国ではそれなりに有名だし。我がお母様が色々な意味でアレなのも原因ですけど!
何とか証拠隠滅を……
「気になる事を話してるな……よし、やはり生きて捕まえるぞ。バンバルボアってあの有名な帝国の事か? おまけに"死神キーラ"、響きから考えて殺し屋かもしれん。しかも相当な腕だろう。そんな奴がアートリスに入り込んでるなら調べる必要がある」
マウリツさん違いますからぁ‼︎ キーラは可愛い女の子で、世話焼きのメイドちゃんなんですぅ‼︎
「ジアコルネリ、ピピと一緒に合図で突っ込め。俺達は回り込む。但し殺すなよ」
「はい、任せて下さい」
ぎゃーーー‼︎
どどどどうしよう⁉︎
次回まで少し時間を頂きます。




