TSお姉様、捕獲される
グングンと迫る地面は硬い石畳。アートリスは雑多な街だけど、交通に関する整備は思いのほか進んでいて、平坦な道はその代表格だ。人口も多いから当然なのかも。このまま着地も可能だけど、音も凄いだろし、折角の石畳を壊したくない。だから魔法を使う。
着地点を中心に風魔法を行使。直ぐに発動した力は俺の身体を包み押し上げる。それに身を任せると、緩やかに足を降ろした。当然に物音などしない。
観客は居ないけど、もし近くで見ていたら目を奪われた筈。だって、長い髪を揺らしながら、超絶美人がフワリと舞い降りたのだから。我ながら決まった、ムフ。
しかし随分と薄暗くなって来たな。でも人通りが全くないわけじゃない。路地裏に降りた俺に気付いた人はいないようだけどね。スタスタと通り側に向かうと、再び探りを入れる。探偵みたく角に身を寄せてチラリとチェック。
「誰にも見つからないのは無理か」
目的地までに見張りらしき男が二人。他のルートよりはマシだけど。位置を再確認すると堂々と通りに出てゆっくりと歩く。当たり前に一人目が気付き、目を剥いたのが分かった。その瞬間に全力の魔力強化で移動! 目を凝らしたタイミングに合わせて高速移動した事で、案の定こちらを見失った。
背後から、キョロキョロと通りを見る男を観察する。多分確かにいた筈だとか、気の所為かとか、思ってるに違いない。気の所為じゃないよ、通りにもう居ないだけで。
ごく普通だ、服装は。
でも魔力も十分感じるし、何より鍛えた身体は隠せない。剣を握り慣れた手、大きな広背筋、いつでも体重移動が出来るよう軽く開いた両脚。間違いなく戦う者だ。
「こっちよ」
後ろから聞こえた俺の声に驚き、慌てて振り向いた。でも何で嬉しそうな顔なんだ……?
「ジ、ジル……」
「おやすみなさい」
絶妙な魔力強化をそのままに顎を拳で撃ち抜く。強過ぎると顎が外れて大変なのだ。意識を飛ばした男を抱き止めて、傍の椅子に腰掛けさせれば終わりだ。尋問しても良いけど、其れは後でいい。ターニャちゃん達を助けるのが先決だからね。
「名前を知ってた。此れは悪者で決定だ」
しかし、やっぱり幸せそうな表情なんですが……変なの。
「さて、あと1人」
ベランダで目的地側を警戒しているから、こっちを見ていない。まあ分かって倒す順番決めてるから当然だ。彼処なら人の目もないし、誤魔化しも要らないな。
トントンと足元をチェック。ふむふむ、強度は十分。鈍い音を置き去りにして、一気に宙を舞う。アートリスの街を下に見ながら、同時に悪者二号の真上に飛んだのだ。一度空中に止まると、自由落下に入った。夜風が気持ち良い。
ストンと後ろ側に着地すると、グルリと首に腕を回す。やっぱり絶妙な魔力強化で力を込めると頚動脈が締まり、一気に顔が赤くなった。
「だから何で嬉しそうなんだ……」
かなり苦しい筈なんだが、悪者二号も幸せそうに気を失った。まあ超絶美人のオッパイを背中に感じてたからかも。体勢から仕方ないけど、身体を押し付けてたし。
「ん? コイツ何か見た事あるような……」
涎を垂らしながら倒れてる悪者二号、記憶に引っかかるなぁ。誰だっけ? 随分昔に見た気がする。
「……ダメ、思い出せない。何処かで会った冒険者とか? うーむ……」
ふむ、全部あとあと!
悪者ボスを倒して、お姫様二人を抱き締めるのだ!
至高の美少女、その双璧の一人ターニャちゃん。もちろん双璧のもう一人はリュドミラちゃんだよ? そして最近髪を切って格好可愛い綺麗なお姉さんのパルメさん。何だか甘えたくなるよね、うん。
歳下も歳上も、ギュッとしたら最高だろう。いや、危ないところを助け出した俺に抱き着いてきてくれるかも?
「よし、行くぜ!」
障害は排除した。二人が囚われているだろうお店はもうすぐだ。他の見張りに気が付かれる前にボスを倒しちゃおう。
○ ○ ○
ゆっくり木の扉を開くと、香ばしい茶葉の香りが鼻を擽る。この店はパルメさんと何回か来た事があるけど随分と前だからな。でもこの香りで思い出したよ。
窓が凄く少ないから店内は薄暗い。
勿論薄気味悪いとかじゃなくて、ランプが沢山配置してあるから雰囲気は抜群だ。日本人の感覚だったらレトロで欧風な空気に素敵と思うんじゃないかな。
一番奥の半個室、其処に目的の三人がいる様だ。だが油断は出来ないぞ。凄腕なのは確実で、視界に入るほど近いのに隠蔽を突破出来ないなんて……本当に気を引き締めていかないと。真正面ならば負けない。でも、あの手の奴は厄介な手段を持ってるものだし。オマケにターニャちゃん達もいるんだから。
今度は魔素感知を使わずに周囲を探る。ふむ……他に客はいない。何故かコップを磨いていたいつもの店主さんも姿が見えないけど、まあ好都合と考えよう。
背中だけど、少しだけ真っ白なローブが見える。あれが魔法を使って正体を隠した奴で間違いない。出来るだけ死角から、壁際に沿って近づいて……勿論足音なんてゼロだ。
此処まで来るとターニャちゃんが気付き、瞳が少しだけ見開いた様だ。人差し指を唇に当てシーッと合図を送るとそれ以上は動かない。流石です、はい。
隣はパルメ、さん? 多分だけど。何でそんな格好してるの? だ、男装かな? でも短く纏めた銀髪と似合ってて超格好良い。男装の麗人みたいで新しい趣味に目覚めそう。何となく目が離せなくなったけど頑張って集中する。何だか甘えたくなる雰囲気、今度ゆっくり見せて貰うのは決定だ。
しかし二人とも余り怖がってないな。それに複雑そうに俺を見てるけど……特にターニャちゃん、その微妙な視線なんですか?
うーむ、まあ詳しくはあとあと。
もう怖い思いはさせないからね。このジルが来た以上、全て任せて?
右掌で魔力刃を形成準備。念の為そのまま首筋に当てて、残った左手を白ローブの左肩に置く。む、随分と細い肩だなぁ。女性か痩せ型の男かな。どちらにしても、これでいつでも攻撃出来るし、何より相手の動きを察知出来るのだ。そしてそれは身体だけじゃなく、魔素により魔法の行使すら同じ事。つまり無力化に成功だ。俺の新型隠蔽魔法も中々だろう、犯罪者さん?
「その魔法を直ぐに解除しなさい。逆らったらどうなるか分かるでしょう」
白ローブに驚いた様子は無く、振り返りもしなかった。それだけでも凄いけど、こうなったら勝ち目は無いよ? それとも俺と真正面から戦うのかな?
「聞こえてるでしょう? 私の大切な二人を怖がらせたんだから覚悟して。高度な隠蔽は凄いけど、自分は悪者だって宣言してるだけよ。さあ、ローブから頭を出して顔を見せるの、ゆっくりね」
へぇ、此れは水魔法か? 珍しいな……隠蔽に流用するなんて余り聞かない。
しかし反応が薄い。
「ちょっと聞いて……」
ガチャリ。
「ん? あ、あれ?」
白ローブ野郎の動き、全く察知出来なかったんですが! 鈍い金属光が反射してるのは、あからさまな手錠。その枷が俺の左手首に嵌められた様だ。でも、こんなモノなんて魔力強化で破壊してやる。
「お姫さま……」
真後ろ、其れどころか息も掛かりそうな距離から聞こえた。えっと、気配が無いんですが⁉︎
きっと幻聴かな?
「この声……嘘だよね……」
「お久しぶりです、本当に」
背中に誰かが抱き着く感触。幻聴の線は消えたね、ははは。続いてウエスト周りに肘から先、白くて細い腕が巻き付くのが見えた。背も低いのか、顔をグリグリと押し付けるのも同じ背中だ。
「その呼び方に声……まさかキーラ、なの?」
「はい、お姫さま」
キーラはそう言いながら、クルクルと水色と茶色で構成された縄を俺の腰に……って、其れは[ジルヴァーナに罰を]じゃねーか⁉︎ 魔力を練る事を阻害する、お母様謹製のふざけた代物!
「ちょっと何を、やめ……」
振り返ろうとした瞬間、白ローブからも声が響いた。
「顔を見せなさい? 其れは私の台詞ね、ジルヴァーナ」
「ひっ……」
そそそそそその声は⁉︎
足元から撫でられる様に、尾骶骨から背骨にスススと指を這わされたと錯覚する妖しい声は⁉︎
「う、う、うそ、嘘、嘘! 居るわけない! 絶対に!」
だけど、心の奥底からの願望は白ローブから現れた顔が否定した。馬鹿みたいな美貌には変わらない人外の色気が滲む。マリンブルーの蒼は、やっぱり綺麗で……綺麗だけれども!
「ひ、ひぃ、い、い……」
「八年ぶりに顔を合わした母親よ? 抱き締めてくれないの?」
スッと立ち上がり、ニヤリと笑った。
「い、いや〜〜〜〜〜‼︎」
魔力強化! あ、あれ? 魔力強化を……逃げないと!
「お姫さま。この最新型[ジルヴァーナに罰を]から初見で抜け出すのは不可能です。例え魔剣と言えど。諦めて下さい」
諦める? 無理無理無理無理無理!
「ジルヴァーナ、観念なさい」
「あばばばばばばば」
「はしたない。まだ教育が必要ね。そう思うでしょ、キーラ」
「可愛らしいです」
助けてターニャちゃん、パルメさん!
何故か二人とも動いてない。ターニャちゃんなんてあからさまな溜息……ほら、お姉さんの大ピンチだよ⁉︎ な、何で⁉︎ ヤバい、とにかく逃げないと!
超絶美人のジルちゃんが危険だよー‼︎
「お、おお、お母様。私、ちょっと用事が」
「八年ぶりの母親より大切な用事なら聞くわ。貴女に会えて、泣いて喜んでるキーラを弾き飛ばして行きなさい。さあ」
「いや、泣いてないよね⁉︎」
「お姫さま、酷いです……」
泣いてない目尻にハンカチを当てるキーラ。
「変わってない!」
だ、誰かーー! 助けてぇーーー‼︎
「ジルヴァーナ……」
少しだけ涙を浮かべたお母様に全身を包まれた。懐かしい香りがして身体が固まる。
「ホントにこの娘は……どれだけ心配したと思ってるの?」
「お母様……」
「随分大きくなって……私とそう変わらないわね。御転婆だった貴女がこんな女性になるなんて、母として幸せなのかしら」
抱き締められたまま、何とか脱出する方法を模索する。
「お母様」
「何かしら?」
「放して……」
身体を起こしたお母様は、俺をジッと見詰めて答える。
「何故? 手錠の事? はい、外したわ。念の為よ念の為。新型の"ジルヴァーナに罰を"だけど、貴女だったら直ぐに対処法を創り出しそうだったから」
「だから、放して下さい!」
「んもう、相変わらず素直じゃないわねぇ。小さな頃は私に抱かれるのが好きだったじゃない」
「そんな事より、此れ何ですか……」
「え? 首輪だけれど?」
抱き締められた瞬間、しっかりと嵌められたのだ。腰回りに巻かれた"ジルヴァーナに罰を"の先はキーラが握り締め、首輪から伸びた鎖はお母様が持っている。首周りから感じる感触から革製だろうけど、やっぱり魔力が通りません……これも新製品ですか⁉︎
「実の娘に首輪を嵌める母親が居ますか!」
「慣れてるでしょう? ほら、母の暖かな愛情よ」
しかし何故か向こうからはピシピシと魔力が伝わり、首輪がヒンヤリと冷たくなって行く。お母様お得意の水魔法、その応用の氷が温度を急激に下げて……
「うひっ……全然暖かくないです! 寧ろ冷たい!」
プルプル震えちゃう!
「あらあら、困った娘ねぇ……寒いの?」
「お姫さま、温かいお茶をどうぞ?」
「キーラ! この状況を見ようね⁉︎」
「何だか懐かしいです」
平然とお茶を用意するキーラは変わらない無表情、いや嬉しそうだ。長い付き合いだったから分かる、絶対間違いない。
「漸く……漸く捕まえたわ。ジルヴァーナ、もう諦めなさいな」
無理ですからーーー‼︎




