☆TS女の子、謝る
ターニャ視点です
その人を見た最初の印象は、夜空に浮かぶ月だろうか。
ありきたりかもしれないけれど、真っ赤な薔薇でもいい。それとも篝火に照らされた夜桜?
混乱する。予想通り目が離せなくて、形容する言葉を探した。でも……夜だったり、月だったり、可憐な花を咲かせる野花かと思えば、品種改良を重ねた大輪の薔薇にも思える。
そんな女性。
圧倒的で妖しいまでの存在感、年齢を重ねた色香が路地を別世界に変貌させた。淡い香水の香りが鼻を擽って、呼吸は止まって無かったと気付く。
「怖がらせたかしら? 大丈夫、さっきも言ったけど食べたりしないわ」
声まで妖艶で、ユラユラ揺れる炎みたい。
追っていた筈の白いローブ、頭だけは露出してるから分かった。
輝く髪は白金。きっと長いだろうけど、複雑に編み込まれてる。彩るのは髪飾りか髪留めか、ティアラだと言われたら信じてしまうだろう。マリンブルーの瞳は透き通っていて吸い込まれそう。
「阻害してたのに、私に気付いた。幻影の水魔法は十八番だから吃驚したのよ? 凄く興味を唆られるのも仕方が無いでしょう?」
年齢は多分だけど三十代後半、いや半ば? 印象がコロコロ変わるから分からない。
「貴女のお名前を教えて欲しいけれど、でも当てちゃおうかしら。可愛らしい追跡者さんだし、きっと名前だって素敵ね。うーん……ターニャ、ターニャなんて似合ってるし、どう?」
「わ、私、は……」
唇が震えてる。おかしな話だけど恐怖は無い。
だって、だって。
目の前に立つ女性の顔……似てるなんてものじゃない。つい今朝だって見たし、毎日あの笑顔に癒されてる。誰よりも優しくて、誰よりも強い。今聞かれてる名前だって……そして何度も助けてくれたんだ。
年齢だって違うし、声も瞳の色も違う。
でも……
お姉様にそっくりだ。
「御免なさいね。人の名前を聞いておいて、此方が名乗ってなかったわ。何だか嬉しくって」
笑顔は何故か幼い。まるで悪戯に成功した子供。なのに逆らえない、勝てない、絶対に。そんな風に思ってしまった。
「シャルカ、私の名前はシャルカよ」
そう名乗ったシャルカさんは、僕の頬をスルリと撫でた。
ああ……何だかよく分からないけど。
先に言っておきます。
「御免なさい、お姉様」
「大丈夫⁉︎」
演技も忘れたパルメさんが駆け寄って来た。隣に立つ白ローブ、つまりシャルカさんを睨み付けて僕を背中に隠した。もう顔はローブの下だから、お姉様そっくりだと気付かないみたい。いや、魔素が動いてるし水魔法って言うやつを使ってるのかも。それでも口元だけはチラリと見えて笑ったのが分かる。紅に彩られた唇が目に入るとゾクリとするのが怖い。
「何もしてないから安心しなさい。この後お話するから貴女もどうかしら?」
「……ターニャちゃん?」
「えっと、何て言うか、多分大丈夫です。人目の少ない場所へ行きましょう。それと、お姉様の周りを調べていた理由も何となく分かりましたから」
「水魔法で全部誤魔化しても良いけど、ターニャさんみたいに見破る人が居るなんてね。だから、何処でもいいからついて行くわ。どうやら二人とも関係が深いみたいだし」
意味が分からないパルメさんは交互に僕達を見る。だから僕も頷いた。
「パルメさん、何処か知りませんか? ゆっくり話が出来るところ」
「それは、幾つか思い付くけど……だ、大丈夫なの? ジルに報せた方が」
「ジル、ふふふ……素敵ね」
まるで謎掛けだ。パルメさんには意味不明だろうけど。それに単純にお姉様に会わせる訳にはいかない。バンバルボア帝国や生まれ故郷の話は避けてたし、多分だけどシャルカさんが関係してる。だって……
「ターニャさん、何か気になる事でもあった?」
「い、いえ。何でもありません」
やっぱり怖い。先回りされてるみたいで、全部筒抜けだって思ってしまうから。
「仕方ないか。じゃあこっちに」
パルメさんの誘導で歩き出したけど……
「あ、あの」
「何かしら?」
「他の人は……?」
「あらあら、其処まで分かるのね。益々興味が湧いて来ちゃう。何人いると思う?」
「えっと、多分十五、いや十六人でしょうか。一人だけ凄く分かりにくいので、間違いだったらすいません」
「……凄い。本当に驚いた。あの娘まで見つけるなんて、私の国にもそうそう居ないわよ? でも御免なさいね。命令しても離れてくれないの。任務だとか、色々あるみたい」
多分、いや間違い無く護衛の人達だ。シャルカさんは高貴な空気を隠してないから、別に驚いたりしないけど。でも、そうなるとお姉様は……うーん、やっぱり驚きは少ないな。寧ろ当たり前な気がするし。あの人からごく普通の一般人ですって言われても、誰も信じないよきっと。
パルメさんもシャルカさんが普通の人じゃないと気付いて、緊張感を高めたみたい。聞こえて来た声からも分かる。
「じゃあ此方へ……その、他の人、は?」
「気にしないで大丈夫。でもそうね……キーラ、貴女はついて来なさい」
「はい、シャルカ様」
「わぁ⁉︎」
「うひゃ……」
いきなり真横に人が立ったら誰でも驚くだろう。しかも、前触れなく、絶対に居なかった。慌てて確認すると僕と身長の変わらない小柄な女の人だった。所謂オカッパ頭かな。ブロンドが目に付く。撫で肩、垂れ目で何だか気弱そうな印象……町娘って雰囲気の濃い青色ワンピース。でも何となくメイド服っぽくもある。
「キーラ=スヴェトラと申します」
エメラルドグリーンの瞳が伏せられて、控えめな空気が増す。
「ターニャ、です」
「パルメよ」
何となく自己紹介。
「ターニャさんが言った十六人目よ。気になってしょうがないだろうから傍につかせましょう。それと、此れから話す事にこの娘も役に立つわ」
「は、はあ」
キーラさんは異常なまでに気配が希薄だ。気配なんてお姉様じゃあるまいし判るわけないんだけど、此処まで薄くて目の前に立ってると逆に理解してしまう。其れに……魔素まで薄い? 初めて見るタイプの人だ。伏せた瞳が僕を見た後、ボソボソと話した。
「ターニャお嬢様、人を見るときは反対に見られる覚悟を持つべきです」
気になるポイントが多いな……魔素が見えるのを知ってる筈ないけど。
「あの……お嬢様って。私には似合いませんし、普通にターニャと」
するとキーラさんはコテリと首を傾げて答えた。
「そうは参りません」
何だか融通の効かない感じ。テクテクと歩きながらの会話だし余り広がらないな。あとシャルカさんが観察してる気がして落ち着かない。ローブに隠れて目線なんて分からないけど、そんな気がする。
誘導してるパルメさんだっていつもみたいに明るい雰囲気が消えちゃってる。多分シャルカさんの持つ空気感に当てられたんだ。
結局、喫茶店らしいお店に入るまで会話は弾まなかった。
○ ○ ○
三つのティーカップからユラユラと湯気が上がり、花を思わせる香りが辺りに漂ってる。
「えっと、キーラさんは飲まないのかしら? それに立ったままだし」
僕も気になるけど、何となく理由が分かる。
「シャルカ様と同じ席に着くなど有り得ません」
「そ、そう」
もう隠す気もないのか、言外にシャルカさんが普通の人じゃないと言ってる。僕も緊張してるけど、パルメさんだって体に力が入った。
「キーラ、周りはどうかしら?」
「暫くお待ち下さい」
シャルカさんの問い掛けにキーラさんが瞼を閉じた。何となく予感がして集中する。するとやっぱり魔素感知を行い、合わせて意味不明な動きをしてる魔素たちも。何だろ……妨害かなきっと。
「此方を伺う者はおりません。会話も同じく大丈夫です。異常を感知した場合は直ぐにお知らせ致します」
所謂喫茶店だけど、席が半個室になっている。窓も灯りも少ないから薄暗い。その分雰囲気があって格好良いかも。隠れ家っぽいし。
「ありがとう」
そしてシャルカさんはローブから顔を出した。さっきも見たけど、それでも目を奪われる。勿論お姉様に似てるのもあるけど、魂を掴まれた様に思うから。太陽の様に笑うお姉様と違って、シャルカさんは夜に輝く月だ。何よりもその美貌に合った色気が凄いし、何だかお腹がムズムズする。
「あ、え? ジル⁉︎」
その動揺凄く分かります、パルメさん。
「私の名前はシャルカよ、パルメの店の店長さん? その男装、似合ってるわね。アートリスでも人気だから当然かしら」
さっき当てた僕の名前も、パルメさんの事も、全部知ってる。シャルカさんはそう言ってるのかな。ちょっと怖い。
「つまり貴女は……いえ、シャルカ様はジルの……」
「敬称は必要ないわ。勿論ターニャさんもね。此処はバンバルボアでは無いし、本国から正式に訪れた訳でもない。だから今はただのシャルカよ? このキーラだけは例外だけど……何度言っても分かってくれないのだから」
「当然です」
キーラさんをジト目で見たシャルカさん。その横顔を目にしたとき、ストンと心に納得感が落ちた。無邪気な空気、悪戯好きな遊び心、他人を思い遣る優しさ。唯一の違いは自分の美をしっかりと自覚して使い分けてるところかな。それ以外はそのままお姉様が受け継いだんだ、きっと。
「パルメさん、ターニャさん、まずは御礼を言わせて下さいね。大切に想ってくれて、母親としてこんなに嬉しい事はないわ。本当に馬鹿娘のお世話、ありがとう」
本当に、のところに力が入ってます。否定が難しいのはお姉様だから仕方無い。お世話とか言ってるし。でもやっぱりお母様か……
「ジルのお母様……は、初めまして。それにお世話なんて、私も幸せを沢山貰ってますから。ね? ターニャちゃん」
「はい。何度も何度も助けて貰いました。お姉様は本当に……あっ、す、すいません」
人の娘に赤の他人が姉呼ばわりなんて拙いよね。ましてや、やんごとなき人なら尚更だよ。
「あらあら、気にしなくて良いのよターニャさん。キーラもそう思うでしょう?」
「はい。お姫さまが愛するお二人は正に姉妹。パルメ様が姉、ターニャお嬢様が妹。素敵です」
「「オヒーサマ?」」
変わった呼び名だな。其れにジルヴァーナと何一つ被ってない。その僕達の疑問にキーラさんはシャルカさんを見る。
「二人には全部話しましょう。此れからの事にも協力して貰いたいから」
「それでは私から」
バンバルボア帝国の貴族の娘ってとこだよね、きっと。
「此方に座すは、バンバルボア帝国第四皇妃のシャルカ=バンバルボア様で御座います」
違ったし……
「コウキ……」
「はい。このツェツエで言えば王妃が近いと思います。そして、シャルカ皇妃陛下の大切な一人娘で在らせられる、お姫さま……失礼しました、ジルヴァーナ皇女殿下を捕獲、いえ探して此方に」
「陛下、皇女殿下……」
……まだ冷静になれない。つまりお姉様は貴族どころか本当のお姫様? あ、オヒーサマってお姫様のことか。でも何だろう……余り驚いてない自分がいる。パルメさんだって一緒だと思うし。
お姫様、いや皇女殿下か。それに皇后って言わないんだな……バンバルボアの特別な呼び方か意味があるのかも。
「この話は此処だけね。さっきも言ったでしょ? だから敬称も、態度も変えないでくれる? ツェツエに迷惑を掛けたくないし、本国にも今は見つかりたく無いの。此れはジルヴァーナの為でもあるのよ?」
「えぇ……?」
やっぱり親娘だ、この人たち!
そんな立場の人がバンバルボアにもツェツエにも内緒で来てるって無茶苦茶だよ!
楽しそうに笑うシャルカさん、ずっと真面目な顔のキーラさん。いやいや、二人しておかしいから!
でも、お姫様の立場を捨てて冒険者になるなんて……やっぱりお姉様はお姉様なんだなぁ。
僕とパルメさんは目を合わせ、そして小さな溜息を吐くしかなかった。




