☆TS女の子、出逢う
ターニャ視点です
朝御飯を食べた後だった。昨日の夜から様子がおかしいとは思ってたけど。
「ねえターニャちゃん」
「何ですか?」
「お姉さんに正直に話して欲しいの。夜にちゃんと言ってくれると思ってた。でも、黙ったままみたいだし」
少し怒ってる。滅多にない事だから凄く吃驚した。
もしかしてバレた?
[ジルを弄って遊んで愛でる会]の活動。それに今はマリシュカさん達と協力して調査中だから日々の行動がちょっとだけ変わってる。
お姉様は普段仕事だから街中にあまり居ない。
初級であるオーソクレーズやクォーツは雑務の依頼が多くてアートリスから離れないけど、中級のトパーズからは種類が増えるってリタさんから聞いた。
超級ともなれば指名の依頼が当たり前で、報酬もとんでもない額になる。ところが最近のお姉様は上位クラスが求められる仕事は殆ど断っていて遠出は無し。超級じゃないと駄目な魔物とかなら別だろうけど、そんなの毎日現れる訳ないし。偶にオーソクレーズの人達に混ざって少し危険な場所の草毟りとかしてるらしい。
……普通に考えたらおかしくない? それって。
そんな人が真面目な顔して、僕から目を離さないのだ。流石に茶化す事なんて出来ないけど、今の活動は辞めたくない。でも、危険が少しでも有ればお姉様は絶対に許さないだろう。例えパルメさんと一緒でもだ。
何とかして誤魔化そう。場合によっては二人に協力を仰いで説得しないと……つまり騙くらかす必要がある。
「ターニャちゃんは頭も良いし、凄く頑張り屋さんだから私だって煩いことは言いたくないの。でもまだ大人に成り切れてない女の子なんだよ? 保護者である私に内緒で、危ない事をするなんて絶対に駄目。分かる?」
あぁ、やっぱりバレバレだったみたいだ。
「それは……でも、私だって何も考えずにやってる訳じゃ」
「そうね。でも、相手だって何を考えてるか分からないわ。凄く悪いことをターニャちゃんにするかもしれない、そんな事を私が黙って見てると思うのかしら」
「……いえ」
どうしよう。やっぱり随分怒ってるみたいだ。
確かにお姉様の周辺を探ってる奴等が居るのは間違いない。マリシュカさんの情報からも明らかになって、しかも複数人だ。直接的な行動には出ていないみたいだけど、今後は誰にも分からないだろう。パルメさんも気合い入れて男装してるし、僕の格好なんて少女趣味全開の普段絶対着ないタイプの服だから、不審者連中にバレたりしてない。それは確実だけど、そんな言い訳は聞いて貰えない、きっと。
もう少しなんだ。
どうやらツェツエ王国の国民じゃない事は判明した。スパイとは言わないけど、ツェツエの防衛を担う超級を探ってるんだと思う。直接戦うなんて無謀だから、接触して勧誘とかも考えられるよね。
もう伝えようか……でも超級が本気で動き出したら、奴等は隠れてしまうだろう。より警戒して見つけ辛くなったら目も当てられない。やっぱり何とか誤魔化そう。マリシュカさんもお姉様にバレないようにって言ってたし。
「あ、あの……」
「正直に言ってくれるかな? でないと私だって……」
「ち、違うんです。でも、少しでも」
大変だ、外出禁止令も有り得るかも……
「一体誰とデートしてるの? 随分と歳上の男の人らしいけど?」
……んん?
「やっぱり言えないのかな? じゃあ、今度付いて行って問いただしましょう。私のターニャちゃんに手を出すなんて、とんでもない奴……絶対に許せない」
「あの、お姉様?」
「なあに? あ、ヤ、ヤキモチなんかじゃないよ⁉︎ ほ、ほら、姉として心配で! 未成年の不純な交際は許しません! それに、どうせ不純なら私と……」
「あの、違いますから」
はぁ、真面目に考えてたのが馬鹿みたいだ。
「でも聞いたんだよ? ターニャちゃんが凄く可愛い格好して男性と街を歩いてたって! 膝上のスカートなんて私知らないし! 今度見せて……じゃなくて、とにかく駄目なの!」
何か変な事まで言い出したよ……デートの相手ってパルメさんだよ? 男装は確かに決まってるけどさ。
「お姉様」
「謝るなら許してあげる。デートならお姉さんとしよ?」
そもそもデートって単語は元の世界のヤツだよね。自分も転生者だって隠してるのバレていいの? 心配してくれてるのは分かるけど、何だか力が抜けちゃった。
「不純な異性交友なんかじゃありません。色々と手伝って貰っていて、凄く良い人ですから」
「そ、そんなの分からないじゃない! 騙してるのかも」
「私の大切なお友達です。悪く言うのは駄目ですよ?」
「せ、せめてお姉さんに紹介して? ね?」
「前向きに善処します。ほら、もう時間です。リタさんが待ってますよ? 今日は冒険者を目指す男の子達に色々と教えるんですよね? 待たせたら可哀想です」
「ちょ、ちょっとターニャちゃん! まだ話が……」
「私を信用して下さい。大丈夫ですから」
「まさか反抗期⁉︎ そんなぁ……」
思わず笑いそうになったけど我慢する。でも、反抗期って。
何度も振り返りながら、結局お姉様は仕事に行った。全部終わったら謝ろう。ミニスカートを見せるのは恥ずかしいし、嫌な予感がするから却下で。
でも、お姉様が気付いたなら時間の問題だ。そろそろ尻尾を掴もう。
「今日は大事だな。頑張ろ」
○ ○ ○
「なにそれ……ただの嫉妬じゃん」
「やっぱりそうなんですかね?」
「姉馬鹿が極まって来たわね。昔から変わった娘だったけど、まさか妹に邪な想いを向ける女だとは知らなかったわ」
「ぷっ、邪な想いって」
さっき我慢した笑いが込み上げて、思わず吹き出しちゃった。
「まあ今のターニャちゃん、いつもより可愛いから分かるけどね」
ニヤリとパルメさんも笑う。
黒色のミニ、薄い紫色のシャツに重ねたダボダボのパーカーは大きなフードが付いてる。こっちはベージュ。袖が長いから指先しか覗いてない。靴は足首まで隠れるブーツで、ちょいヒールが高いかな。まあかなり女の子した服装で、普段なら絶対に着ないタイプだよね。寧ろお姉様が押し付けて来る可愛いらしい感じだ。
「脚が出てて少し恥ずかしいです」
太ももだってかなり……
「健康的でいいじゃない。脚を上げたり座る時には気を付ければ下着なんて見えないから安心しなさい。まあ、ジルに見せたら大変な事になるけど」
「ははは……」
否定出来ないよ。
「ターニャちゃん。調査を始めよっか。マリシュカさんからの情報では、この先の方で暗躍してるみたい。つまり、連中の中心人物が居る可能性が高いよね。ほらしっかりくっついて、自然な感じで」
男装だから小声で話し掛けるパルメさん。真面目な顔してるけど、楽しんでいるのを僕は知っている。探偵ごっこみたいで面白いのはよく分かります。因みにお店の方は知り合いの人が手伝ってるから大丈夫だって。考えてみたら、一人だとお休みも取れないから当たり前だ。
「はい、今日もよろしくです」
左腕に抱き付き、ピタリと寄り添い歩く。いかにもデートな感じ。ちょっと歳の差があるけど大丈夫だろう。
アートリスの中心部から少しだけ離れた場所、宿が沢山あって、観光や商売にもってこいの立地だ。路地も複雑で、小さな店が多いから隠れ家にも合ってるのかな。お姉様の家がある高級住宅街からは遠いけど、敢えて選んでるんだろう。マリシュカさんが集めた情報の精度は正確だから間違いない。
「誘導は何時も通りだね。ターニャちゃんは得意技で頑張りなさい」
もう魔素を見てるから街の景色が一変してる。全く分からない訳じゃないけど、見え辛いのは当然だ。キューブ状の魔素は空中や人の周りを飛び回ってて、濃さや動きもマチマチだし。お姉様みたいに規則正しい美しさなんて全く存在しない。
パルメさんは僕が迷わない様に肩を抱き寄せて道案内をしてくれてる。流石に緊張してるのか凄く力が入ってるみたい。まるでパルメさんと一つになったみたいだ。
「……居ました」
覚えていたパターンと濃さだ。最近一番嗅ぎ回ってる奴、多分三十歳くらいで男性。魔素感知も偶にしてるから分かり易い。
「確かに見た顔ね。離れて行ってる。もしかして拠点に戻るのかも」
「かもしれません」
「どうする?」
「尾行しましょう。捕まえたので、もう距離を取っても大丈夫です。それに寝泊まりしてる宿が分かれば、お姉様にだって報告出来る。魔剣なら一網打尽ですから」
「凄いね……でも万が一の時は逃げる、いい?」
「はい」
買い物したり、お店を冷やかしながら歩いてる。物資を補給してボスに届けるのかも。上手くすれば顔とか名前だって。
いい感じ。
向こうは全く気付いてない。お姉様が近くに居ないから警戒心も薄れているんだろう。僕やパルメさんから見たら優しくて綺麗な女性だけど、敵対してる者からしたら怖くて仕方無い筈だ。もしバレたら一瞬で距離が縮まり、瞬きした後は目の前に魔剣が立っている。あの美しさは逆に恐怖心を煽るに決まってるんだ。
「あれ?」
尾行してる人とは別。はっきりと見えた。
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっとだけ待って下さい」
もう一度、しっかりと確認だ。
「お姉様?」
艶々で真っ白なローブが全身を覆っている。男性か女性か分からないけど、踊る魔素がそっくりだ。凄く綺麗で、規則正しい。量は少ない気がするけど、自在に魔力を操るお姉様ならば不自然でもない。
身長も近いし、細身だ。
「大丈夫?」
パルメさんが心配そうに聞いてくる。けど混乱した頭が動いてくれない。
間違いなく今日は依頼で此処に居ない筈。リタさんからも聞いているし、お姉様が以前楽しそうに話していたのも覚えてる。男の子達に色々教える、つまり大好きらしい先生役だ。ジル先生と呼ぶと花のように笑顔が咲くからね。
まさか、色々バレて僕達を探してる?
でも……何か違う気がする。違和感があって、お姉様なのにお姉様じゃないと思ってしまう。魔素が見えない人だと何も理解出来ないだろう。でも、あんなに目立つローブ、パルメさんも周りの人達も見えないのかな?
スイと角を曲がって姿が消えてしまった。我慢出来ずに僕は走り出し、パルメさんが慌てたのが分かったけど……御免なさい!
「すぐ戻ります!」
「ちょっとターニャちゃん!」
追っていた男が振り返り、パルメさんを見た。だから僕を一瞬追って来れない。そして人混みに紛れて見えなくなった。大丈夫、角の先を見て来るだけだから!
細い路地だ。
「お姉様も気付いて探ってる? ローブも正体を伏せる為? でもあんな真っ白なの見た事ない」
洗濯もするけど、洗った記憶なんて無いし。
曲がり角に身を隠し、そっと白ローブが消えた路地を覗き込む。初めて来た場所だ。
「いない……消えた?」
どういう事だろう。一本道だし、あの先って行き止まりみたい。何だか嫌な予感がする。コレって定番の誘い出すタイプのヤツじゃ……パルメさんと合流した方が良いかな。
「あれは」
気付いた。路地の真ん中あたり、水溜りがある。でもただの水溜りじゃない、魔素がいて、動きもさっきにそっくりだ。随分散ったみたいだけど間違いない。
何かの仕掛け? 隠し扉とか。
「人は居ない……少しだけ」
ゆっくり、警戒しながら、ソロリソロリと足音も殺す。勿論魔素も見ながら、僅かな変化も見逃さない様に。
「やっぱり水溜りだ。でも雨なんて降ってないし」
建物同士の隙間から見えるのは青空で、窓から捨てた様子もない。やっぱり怪しいぞ。きっと仕掛けか暗号で……
腰を屈めて、水溜りに指を触れようとした時だった。
「あらあら、随分と可愛らしい追跡者さんね」
すぐ背後、触れ合うほどの近さから声がした。間違いなく女の人。僕にも分かるほどに艶やかで怪しい色気を振り撒いてる。耳に滑り込む様に入る声音は、ある種の快感を運んで来て鳥肌が立った。
絶対に人なんて居なかったのに……すぐ耳元で囁かれて……
「ふふふ、困ったわ。どうしましょう」
振り返りたい、でも振り返りたく無い。もし見たら、きっと目が離せなくなる。不思議だけど分かるんだ。
清淑と妖艶、溢れ来る色気が耳をまた擽った。
「食べたりしないから、こっちを向いて? さあ」
見ちゃ駄目だ。振り返っちゃダメなんだ。
隙を見て逃げないと……
「駄目よ、私の水魔法を追跡出来たのは貴女だけ。逃げ出したりしたら泣いちゃうわ」
そっと肩に置かれた手。細くて真っ白な指、磨かれた爪と煌びやかな指輪が二つ。一つは綺麗な水色の宝石が飾られていた。
そんなつもりなんて無いのに……
身体が勝手に動く……
そして、振り返ってしまったその先には……




