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古竜ちゃん、目覚める

前話の後書きで続きはないと書きましたが、やっぱり書いちゃいました。

 




 ツェツエは大陸最強の王国にして、最も広大な国土を誇る。現国王ツェレリオは善政を敷いており、国内も安定しているのだ。


 現在僅か四人しかいない超級冒険者の一人を抱えており、竜鱗、蒼流、紅炎の騎士団が精強な事から戦力も潤沢だ。つい最近では竜鱗の新騎士団長に若き王子が就任した事で、大きな話題にもなった。


 ツェツエ所属の超級冒険者"魔狂い"は最強と謳われ、好んで行使する殲滅魔法は広範囲を一瞬で破壊する。此れらは強力な抑止力として働き、同時に国内治安にも一役買っていた。


 だが、其れ程のツェツエ王国であろうとも、抗えない圧倒的な脅威が存在する。其れは、膨大な魔物の群れであり、暴走する精霊であったりだ。


 そして何よりも……天災に等しい、凡ゆる全てを超越した生物ーーー


 古竜。


 遥か古代には四人いたが、現在は一人減り三人。因みに、匹、頭、などと数えず何人と呼ぶのは、消えた四人目からの口伝による。



 アートリスよりはるか南に、ゴツゴツとした灰色の岩が重なり合う場所がある。それはもはや山と言える程の大きさで、何故か草木は生息していない。其れどころか動物も虫も、そして魔物すら近づかないのだ。


 冒険者協会でも接近を強く禁止されており、遠方からの調査観察の依頼が定期的に掛かる程度。


 その名もなき岩山と周辺が揺れている。その振動は少しずつ大きくなり、重ねた様な巨大な岩々さえも崩れ落ちていった。


 そして、古竜唯一の雌である一人が永き眠りから目覚めようとしていた。







『ふあぁぁぁぁ〜〜〜』


 ルオパシャは寝床にしていた岩の板を押し上げながら欠伸を繰り返した。真っ白な竜鱗は朝日を反射して艶々と輝く。不思議なことに土埃などは一切付着していない。余りに膨大な魔力がベールの様に竜体を覆っているからだろう。折り畳んでいた翼をゆっくりと広げて、バサリと鳴らした。貴族の屋敷にも匹敵する大きさなのに、軽やかな羽ばたきだ。ツェツエの門ならばギリギリ通り抜ける事が出来るかもしれない。


 古竜唯一の雌、つまり女性だからか優雅な空気を纏う。


 鋭い牙や爪も、やはり宝石の様で美しい。


『んぅ……なんじゃ、騒がしいのぉ』


 発声は喉からでは無い。全ての活動は魔力により行われているため、ある意味で魔法に近い。古竜は生物の域を超え、魔力そのものが結晶した精霊種に近い存在だ。


『おぉ? いつの間にやら人の街が出来ておる。ふむぅ、アレが原因じゃな。眠りにつく前は無かった筈じゃが』


 まるですぐ側に有るかの様に呟くが、実際には馬で幾日も掛かるだろう距離だ。まあルオパシャならば軽く飛んで行くだけだが。


 夕焼けの様な明るい橙色の眼。その瞳孔が縦に開き、遥か彼方に見えるツェツエ第二の都市アートリスを捕らえた。


『人の街……良いのぉ。あの小さき者達が産み出す力は素晴らしいものじゃ。美味い飯、住処や身体を覆う布にまで拘る。ふむふむ、戯れに興ずるか』


 目尻は下がり、鋭い牙が並ぶ(あぎと)すら揺れる。もし其れを眺める者がいれば、巨大な竜の笑みに驚いただろう。


 再びバサリバサリと翼を広げると、真っ白な古竜は天高く舞い上がって行った。


 これが、後の世に"古竜襲来"と呼称される事となる、ツェツエを揺るがす事件の始まりだ。まさかルオパシャが街の散歩がしたいと向かっているなど、この時は誰一人知る由もないのだから。


 いや、たった一人、ほぼ完成に近づいた"魔素感知波"で遊んでいた彼女を除き……







 ○ ○ ○





「んぅ⁉︎ ケホッケホッ」


 随分と慣れてきたアートリスのギルド内で、少女は気管に詰まったお茶を吐き出した。一人まったりとしていたのだが、周囲のほぼ全員が注目する。


 幼さも残るが、常識から隔絶した美貌に元々視線が集まっていたのだ。最近肩にかかり始めた白金の髪、お茶が美味しかったのかフニャリと緩む水色の瞳、やはり目を惹く女性らしい線。


 近々トパーズから更に上、コランダムかダイヤモンドへと飛び越えるだろう事が確実な若き冒険者だ。最近では魔族の王と友誼を結んだからか、アートリスどころかツェツエ国内でも有名となった。


 いそいそと腰の皮製ポーチから白い布を取り出し、少しだけ濡れた唇と胸元を拭き拭き。見事な起伏を見せる双丘が柔らかく沈むのが分かって、近くにいた男達は唾を飲みこんだりしている。


「ケホッ」


 可愛らしい咳をもう一度だけして、少女は立ち上がる。何やら南側を暫く眺めると、受付に向かって早足で歩き出した。珍しく焦っていて、周囲が少しだけ騒がしくなったようだ。先程睨んでいた南側も、ただの壁しかない。いや、近くに座っていた青年の冒険者が顔を赤らめているか。


「あ、あの、すいません!」


 その声も綺麗だ。


 全身を黒く染めた衣装で包んでいるが、太ももから膝まで露出しているし、短い袖からは白くて細い腕が伸びている。少しだけ少年の様にも見えて、幼さを強めているだろう。背中に回した剣帯が少しだけ揺れた。


 因みに、「ぜったいりょういき」を確保済みと以前言っていたが、誰一人意味が分からなかったらしい。


「あら、ジルちゃん。どうしたのかな?」


 書類仕事をしていた受付、古参に入る女性が優しく返した。まるで娘か妹に対する様だが、誰も指摘しない。寧ろもっとやれと思っている。何より当の本人が嬉しそうだから良いのだろう。


「え、えっと……ギルド長に話があって」


 何故か頬が紅い。人見知りなのか、ジルはよく紅くなる。不思議と綺麗系の女性に対して多いのが謎だった。あまり口数が多くない彼女は、皆から控えめで大人しい女の子だと思われているのだ。


「ギルド長? うーん、あの人忙しいから直ぐには難しいと思うけど」


 其れどころか冒険者の一人がいきなり会わせろと言って会うような立場の者でもない。ある意味街の顔役の一人で、元はツェツエ王国の戦士長だった老人だ。


「分かってます。でも急いで伝えないと……」


 先程からチラチラと南側を見て、少しだけ顔色も優れない。普段我が儘を全く言わないジルだから、酷く珍しく感じる。


「……ちょっと待ってて? 聞いてくるわ」


 ジルはトパーズの冒険者、その中の一人ではない。その美貌に似合わない、いやある意味似合う戦闘力。魔法の才は飛び抜けていて、つい最近付けられた才能(タレント)の名は"万能"だ。驚くべき事に相反する筈の治癒魔法まで操る。最近流れるアートリスの噂話にジルの存在は欠かせない程だ。



 程なくして、二階へと上がっていくジルの姿があった。








「どうしたんだ?」


 窓の外を眺め、晴れ上がった空を見上げているのは、ギルド長のウラスロだ。真っ白で長い髭、ビア樽を思わせる腹、少女であるジルより低い身長。ギルド長室に入って来た彼女が内心「やっぱりドワーフだぁ……」などと遊んでいるとは思ってもいない。


 振り返ってジルに問う。


「ドワ……いえ、急いで相談したい事があって」


「ふん、言ってみろ」


「南から何かゆっくりと近づいて来ます。未だに信じられないですけど……とんでもない魔力で、多分魔王陛下より……」


「……何でそんな事が分かる?」


 若い娘のタチの悪い冗談……ウラスロはそう取らなかった。ジルは掴み所がないが、それでも根が真面目だと知っているからだ。


「少し前に話した魔素の……」


「魔素感知か? しかし距離がありすぎるだろう」


 直ぐに察して返す。


「そうなんです。でも、まるで世界が動いているみたいに大きくて、隠してもいないから」


「世界、魔王陛下、か……そんなモノが早々居るとは思えんが……いや、待てよ」


「ギルド長?」


 いきなり真剣になった顔色にジルは首を傾けた。中々可愛らしい仕草だが、ウラスロは見てもいない。


「南側だな? あっちか?」


「あ、はい」


「速さは?」


「え、えっと……多分明日には」


「明日か……かなり遅い。言い伝え通りのルオパシャならば一瞬の筈だ」


「ルオパシャ、ですか?」


「ああ、ジルは知らないか。まあ活動期は随分と昔だからな……ましてやツェツエの者でなければ仕方ない」


「……すいません」


「馬鹿、責めてる訳じゃない。お前はアートリスに来てまだ二年くらいだろう。古竜だよ、三人の内の一人だ」


 水色の瞳が伏せられたのを見て、思わずウラスロが慰める。


「コリュウ?」


(いにしえ)より在る竜だ。アートリスの遥か南に眠っている。いや、いたか」


「……つまり、エンシェントドラゴン的なやつ? やばい、カッコいい……いや、悪竜とか邪竜でも……」


 いきなりブツブツと呟くジルに胡乱な視線を送るウラスロ。目の前の少女は偶に意味不明な言葉を吐くのだ。そして隠した本性も。


「……真っ白で、大変美しいと伝わっている。それとかなり温厚な……」


「わあ! 白竜ですね! そして今、このアートリスに危機が迫っていると。まあどうしましょう! たいへんだぁー」


「お、おい、人の話を聞け」


「邪龍といえばやっぱり生贄かな。いやいや、他にも……」


 不穏な台詞を吐きながら、ジルは興奮している。それを見たウラスロは益々不安になるしかない。普段かぶっている大人しい美少女の皮はどうしたんだ?と。そして、こんなジルは大抵碌なことをしないと決まっているのだ。


「いいから落ち着け、な?」


「あるよなぁ、見た目綺麗なのに悪い奴って。そのギャップ堪らなく好きです、ええ。もしかして変身したり、お前は黒竜だったのかみたいな……おお、最高じゃね?」


 もう口調まで変わった。変身したのはお前だろうと頭を叩きたくなる。


 とにかく説明をと口を開きかけたウラスロに更なる衝撃が襲う。


「じゃあ、この私、ジルが行ってきます! 大丈夫、場所ならバッチリですから‼︎ 最近新調した魔力銀の剣の斬れ味、見せてやるぅ」


 途中から魔力強化していたのだろう、一瞬で姿が消える。最後の"見せてやるぅ"の"るぅ"のところなどは、まるで魔法の様に遠くへと流れていった。


「コ、コラ‼︎ 話を……」


 言い切る事も出来ず、ウラスロの静止は虚しく部屋に溶けた。


「本当にルオパシャに斬りかかったら……ツェツエが滅びるかもしれん……」


 その想像に真っ青になるしかない。


 一般には全く知られていないが、ルオパシャは大変温厚で人への理解も深い古竜だ。余程の事がない限り、怒りを溜める事はないだろう。一人の冒険者が放つ魔法や剣技など、ルオパシャにとっては微風に等しい。しかし向かったのは、最近売り出し中で魔王にすら互角の戦いをしたジル。近い将来、ダイヤモンドどころか五人目の超級に至ると確信出来る実力を持つのだ。


「……至急王都への魔素通信を開け! 高位の冒険者に招集を! 全ての依頼を即時中断しろ‼︎」


 ドタドタと階段を降りた冒険者協会アートリス支部のギルド長、ウラスロ=ハーベイの声が響き渡る。


 急げ!


 それは悲鳴に近かったと、聞いた者が後から言ったらしい。






過去話って需要あるのかな。書いてる本人は楽しいですけど……

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― 新着の感想 ―
めちゃうれしい
[一言] 意図してないですが立派なマッチポンプw
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