TSお姉様、気付かない
次期チルダ公にして、竜鱗の一員。ミケルは1人呟いていた。
「見える、全て見えたぞ……魔剣の、ジルの動きすら……これなら……」
2人は恋仲ではないと聞いたが、傍から見る分にはそうとしか思えない。模擬戦前の会話なぞ、惚気にしか感じなかった。まさか会話を読まれているとは思わなかったのだろうが、淑女然としていた丁寧な口調すら変化した。
「だが、公言したのだ。以前も、昨日も……そんな仲ではないと。ならばやりようはある」
魔剣の実力は脅威以外の何者でもなかったが、今日全ては覆った。皮肉にも彼女自身が教義した魔素への深慮が答えを導いたのだ。象徴である魔力強化を対策出来れば、残るはか弱い女ただ一人……万能に対しては幾らか手もある。
「あの美が、あの髪が、あの肌が、全ては私の物になる……」
今まで何人もの女を抱いて来たが、満足する事は無かった。だが今となっては当然だったと理解出来る。アレ程の美姫、いや女神がすぐ近くにいたのだから。運命は現実に存在したのだ。
何より……あのツェイスを出し抜ける……心から愛する女が他人の、いや僅かとは言え血の繋がった者の色に染められたなら……紫紺が酷く歪む瞬間を見る事が出来るだろう。
「くく……くくく……」
「ミケル様」
腹心の1人だが丁度良い。
「予定を早めるぞ。マーディアスとルクレーに繋ぎを取れ」
「ペラン閣下には?」
「父上には事後でよい。最終的には望まれた結果になるのだ。ツェツエ王家に不要な血だと仰っていただろう?」
「畏まりました。今夜にでも」
「ああ……それと、魔剣に連れがいたな?」
「報告ではアートリス近郊で保護した子供だと。孤児を引き取るとは殊勝な事ですな」
全くそう思ってない言葉だが、そんな事はどうでもいい。孤児か……
「気にするまでもないか」
「そうとも言い切れません」
「……何故だ?」
「何やら最愛の妹だと公言していると。事実、今は共に暮らしているようです」
「ほう……其れは役に立つかもしれんな。孤児を引き取り小間使いとしてでは風聞がある。魔剣と言えど世間体は気にするらしい。まさか妹などと本気ではないだろうが……一応おさえておけ」
「ジーミュタス家が世話役です。構わないので?」
「ジーミュタスか。鼻薬はきかないな」
「ディザバル蒼流騎士団長、そして勇者クロエリウスも、です」
「ディザバル……かの堅物ではまともな話も出来ない。クロエリウスはどうとでもなるが……そう言えば、勇者も蒼流だったな?」
「はい」
「ならば其方は何とかしよう」
「はっ」
「ところで魔剣の保護した孤児は何と言う名前だったか……」
たかが子供1人、聞いても覚えておれないな。
「はい。ターニャ、と」
○ ○ ○ ○ ○
「クロ?」
「お師匠様、何ですか?」
2日目の訓練も終わり、リュドミラ様とのデートまで余裕がある。女の子は準備に時間が掛かるから仕方が無いのだ! きっと超可愛いに決まってる、グフフ。
ただ、今は他に気になる事があるのだ。
「ターニャちゃん、体調とか崩してないよね?」
「ああ、特に問題はないです。明日はアーレを案内する予定ですから。アリス様とも仲良くなって楽しそうでしたよ?」
「それなら良いけど……」
「どうしました?」
「さっき会いに行ったら、凄く眠くてまたにして欲しいって」
そう……最愛の嫁に会いに行ったらドア越しに断られてしまった。凄く謝ってたから無理しなくていいよって帰って来たのだが……丁度良くクロが歩いてたから声を掛けたのだ。尻尾を全力で振るワンちゃんに見えたのは黙っておこう。
「成る程。多分昨日の晩が遅かったからだと思いますよ。アリスお嬢様と夜更かししてたらしいですし……本当は内緒ですけど、お酒も少し飲んだって聞きました」
「お酒を⁉︎」
そう言う……まあ日本と違って法律には年齢制限ないけどさ。つまり、初めてのお酒で調子が悪いと。ターニャちゃんしっかりしてるから、恥ずかしい姿を見せたくなかったに決まってる。
ならば仕方無い。お嫁さんに優しくするのもハーレムの主人の義務なのだ。二日酔いを治す魔法を開発しなければ!
「内緒ですよ?」
うんうん! 背伸びしたい時あるよね。大人は生温かい目で見守るのが正しい筈だ。でも飲み過ぎたら身体に悪いから一言だけ注意して……って言うか家に帰ったら弄って遊びますけど、ふふふ。
因みに、現代日本では未成年飲酒は駄目だけどね。
「クロは何してたの?」
「明日の準備ですね。ターニャさんを案内するにしても勝手に連れ出す訳にいかないので手続きしてました。ジーミュタス家にもちゃんと伝えないと良くないですから」
当然にジーミュタス側は知っている事だけど、手続きと様式美があるんだろう。この辺はクロやアリスちゃんに任した方が間違いないよね。
「そっか。ありがとね、クロ」
「僕も楽しんでますから。ターニャさんにもアーレを好きになって欲しいです」
クロったら良い子や……
「将来は僕の妹にもなる人ですからね」
前言撤回!
「アンタねぇ……」
「お師匠様はこの後どうするんですか?」
おっ! それを聞いちゃう? 仕方無いから教えて上げよう!
「リュドミラ様から誘われてるの。食事をどうですかって。光栄な事だしすっごく楽しみ!」
「王女殿下と……つかぬことを聞きますが、リュドミラ様と2人きりですか?」
「ん? 多分そうだけど。もしかしたらタチアナ様が……何でそんなこと聞くのさ?」
「それなら大丈夫ですね。楽しんで来てください」
何が大丈夫なのかな?
「クロ、一体何を……あっ」
「鐘が鳴りましたね。時間ですか?」
「だね。行かないと」
「お酒は程々に。いいですね?」
お前は俺の母ちゃんかよ! 分かってるけどさ!
「弱いのは自覚してるから大丈夫」
「僕と2人の時は構いませんけど」
はいはい、もう相手にするのもダメな気がしてるよ……
「じゃあ、ターニャちゃんをお願いね?」
「分かりました」
ターニャ成分の摂取は明日までお預けだな……まあ美少女成分ならこの後に摂取出来る! うむ、なんかキモいな……これじゃあクロやミケル様と変わらない気がするぞ……気を付けよう。
すっごいドキドキするんですが!
リュドミラ様と会うのはコレで何回目か覚えてないけど、こんな事初めてだ。
案内された場所はツェツエ城の敷地内に幾つか存在する庭園の側だ。数ある自慢の其れ等の中では広い方では無いらしいけど、あるテーマに沿って造られた場所らしい。よくイメージする池や丁寧に剪定された木々は配置されていない。では何が目を惹くのかと言えば……
「ジル様、如何ですか?」
「言葉がありません……凄く、綺麗」
視界一杯に広がるのは花壇と計算されているだろう花畑だった。過剰な飾りも、石像や庭石もない。逆に言えばそれだけだ。
「全て夜光が特徴の花々を集めて、季節に応じて色鮮やかに輝くよう工夫されているそうです。私も何度となく来ていますが、日々変化する色に飽きる事はありません」
花弁が、葉脈が、光って揺れている。
赤、青、緑、淡い白。ボンヤリと滲むもの、蛍の様に点滅を繰り返す色、風にサワサワと揺れて優しい波が打ち寄せる。
ランタンや提灯が数限りなく灯っている様子に似て、現実を忘れさせた。夏祭り……いや、もっと幻想的な何かだ。
「昼間に近くを歩いた筈ですが……全然気付きませんでした。まるで、星空の上を歩いているみたい」
「ふふ、庭師の皆も喜びます。あの魔剣ジルが心を奪われたと知ったら、きっと」
此方へ……そう言いながら、リュドミラ様は俺の手を取った。
手・を・取・る……う、うおー!!
そう! 超絶美少女の双璧、至高の王女リュドミラちゃんの手をニギニギしてるのだ!
アカン……最早風景なんて関係なく、仄かな柔らかさと体温に集中する。トコトコとついて行くが、リュドミラちゃんの髪と後頭部を眺める事しか出来ない……可愛いよー、可愛過ぎでしょう!
「彼方にテーブルを用意……ジル様?」
振り返った瞳を真っ直ぐに見てしまう。これは夢かな?
「大丈夫ですか?」
「……あ、えっと、すいません。感動して」
「ふふふ、気付きました? 私がお願いして何日も前から準備したんですよ? 何株かはクロエと植えたんです」
指差す先にテーブルと、色合いが特徴的な花壇。多分その事を言ってるのかな? 感動したのはまだ手を繋いでいるリュドミラちゃんに対してですけど?
「紫……いえ、紫紺。そして淡い青色」
「もう、意地悪を言わないで下さい。ジル様、分かってるでしょう? 青色じゃなく、水色です」
二色が入り混じる花壇に囲まれて、小さな丸いテーブルと二脚の椅子かぁ。その意味、紫紺と水色、嬉しいけどちょっとヤバいかな……たった一人の冒険者に肩入れし過ぎだろうし、別の意味も込められてるっぽい。うーむ……困ったな。ツェイスの事は好きだけど、あくまでも男友達としてなんだよなぁ。
「さあ、座ってください」
「ありがとうございます、リュドミラ様」
「やはりミラと呼んでくれないのですね?」
内心では呼びまくってるけどね!
まあ、いっか。今は超絶美少女とのデートを楽しもう!
「ですが、心はリュドミラ様との時間を喜んでいます。こんな素敵な夜なんて、本当に驚きで一杯ですから」
ゆっくり席に着くと、タチアナ様が不意に現れて……って、やっぱり気付けなかったんですが⁉︎ マジでヤバいよ、この人……演算の才能ってそんなのじゃない筈なのに……
何も無かったテーブルの上に軽食が並べられて行く。量は多くないけど、種類と色合いが沢山で美味しそう。おっ! アレは食べ損ねたキャッツバードのスモークだな……半分以上を占める魚介類は焼いたり、揚げたり、マリネがちょっと。海の近いアーレだけど、流石に生魚はありません。醤油で刺身、またいつか食べたいなぁ。
「ジル様、何かご希望はありますか?」
木製のサービングカートには何種類か瓶が並んでいる。魚介は白ワインって何かで聞いた事ある。でも刺身とかは生臭く感じる人も多いって。と言うか、お酒はよくわかんない。
「タチアナ様、白でお勧めってありますか?」
こんな時は聞くに限るぜ。知ったかぶりして恥をかくのはやめだ。マリアージュとか品種とか、産地とか……そもそも赤が苦手だし!
「そうですね……此方と、こちらも。爽やかな口当たりが特徴で、酸味が少ないですから。お二人にも飲みやすいかと」
「ありがとうございます。リュドミラ様、よろしいですか?」
「はい、勿論です。ジル様となら何だって美味しいに決まってますから」
咲いた笑顔と言ったら……もう、一緒にお風呂行かない? 超絶美少女でしかも王女様にこんな事言われたら滅茶苦茶ドキドキします! タ、ターニャちゃん、浮気じゃないからね?
サイズの微妙に違うワイングラスに注がれたけど、微妙に色味が違うんだな。白と言っても色々あるらしい。タチアナ様が説明してくれたけど、さっきのドキドキを抑えるのが大変で耳に入らない。すいません……
「では、ジル様?」
「はい」
揺れるワイン、透けて見える夜光の花々。視界一杯に水色と紫色が咲き乱れて本当に綺麗。そして、向かい側には其れすらも上回る超絶美少女リュドミラちゃん。
桃源郷は此処にもあったんだなぁ。
今度はフンワリと笑みを浮かべ、カチリとグラスを合わせる。
「タチアナ、美味しいわ」
「それは良かったです。では、失礼致します」
リュドミラちゃんにそう返すと、タチアナ様は足音を一切立てずに離れて行った。やっぱり凄過ぎない?
「竜鱗では大変お疲れ様でした。試合を見ましたが、ジル様が速すぎて良く見えなかったです」
ふふふと上品に笑い、リュドミラちゃんは二口目を飲む。ちっちゃな唇、触ってみたい……
「リュドミラ様の応援の声が届いたので……何時もより張り切りました」
「まあ! 何だか嬉しいです!」
瞳を輝かせ、全身を使って喜びを表現してくれる。
可愛いなぁ。
おっ、このワイン美味しい! 流石タチアナ様だ。
何かフワフワして来て気持ちいいぞー!
やっぱり桃源郷は此処にもあったんだ!




