夫婦の利害は一致していなければならない。 2
「さて、次はドレスに合う装飾品を見繕わないとな」
真新しい紫のドレスに身を包んだシャルリアを見て、レオンヴァルトはそう独り言つ。
果たしてこの一着で何人の村人がお腹いっぱい肉を食べられるのか。ドレスが重く感じられるのは、ふんだんに用いられた布のせいだけではないだろう。けれど同時に心は軽く、値踏みするようなレオンヴァルトの眼差しにも臆することなく堂々としていられた。
「そちらも買っていただけるのですか?」
「ああ、もちろん。好きなものを好きなだけ選べばいい。そのどれもが君の美しさを引き立てるだろう。……君のような女性にプレゼントを贈れるんだ、男としてこれほど光栄なことはないだろうね」
シャルリアをエスコートするレオンヴァルトが口ずさむのは、歯の浮くような台詞だ。心にもないような言葉だったが、仕立て屋の従業員達は羨望の眼差しをシャルリア達に向けていた。
残りのドレスはそれまで着ていたアンネリッサのドレスと併せて仕立て屋の従業員達が後ほど屋敷に届けてくれるらしい。シャルリア達は身軽なままで次の店へと向かった。
*
「こちらはユリーオ国産のダイヤをふんだんに用いた――」
「パールはいかがでしょう? ロテリ海で採れた希少な大粒の――」
「奥様の瞳の色と同じ、こちらのサファイアの髪飾りは――」
宝石商の流れるような謳い文句とともに、目もくらむようなアクセサリーを見せられる。ダイヤが滝のように連なって輝くイヤリング、静かな存在感と気品を放つパールのネックレス。吸い込まれそうなほどに青いサファイアの髪飾り。ルビーやエメラルドの指輪も、トパーズのブレスレットも、ありとあらゆる贅をつくした繊細な装飾品がシャルリアの前にあった。
「私も何か新調しようかな。彼女と揃いにできる物で、何かいい物はあるかい?」
「それではこちらのカフリンクスとブローチはいかがでしょう? 上質なこの漆黒の輝きは、帝国産のオニキスだからこそ放てるものです。石座の銀は――」
レオンヴァルトも品定めを始めてしまった。シャルリアにとっては流し聞くだけのうんちくも、彼からすれば理解のたやすい商品説明であるらしい。商人の言葉に相槌を打ち、時には鋭い質問をして、話を膨らませながら購入の手続きを進めていく。
「ありがとう。今日もいい買い物ができたよ。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ。またのご来店をお待ちしております」
シャルリアからすれば浪費どころの騒ぎではなく、全財産をつぎ込む勢いでの散財だったのだが、レオンヴァルトはいたって涼しい顔だ。無限に金の湧き出る金貨袋なのだから、この程度の買い物で中身が尽きるわけもないということか。
我ながらとんでもない男に見初められたものだ。こんな男だからこそシャルリアの人生どころかレティラ家のすべてを余裕で背負えるのだろう。
「せっかくだから調度品も見たかったんだが……思ったより時間がかかってしまったな。そろそろ帰ろうか。もし買い物に行きたくなったら、屋敷の者に言づけてさえくれればいつでも一人で自由に出かけてくれて構わない。支払いの際は私の名前を好きに使ってくれ」
「はい。そうさせていただきます」
シャルリアは粛々と返事をして馬車に向かう。しかしふと違和感を感じて振り返った。レオンヴァルトが歩みを止めていたのだ。
「どうかなさいました?」
「いや……前から少し思っていたんだが、君は実に素直だな」
「……図々しかったでしょうか?」
「まさか。素直なのはいいことさ。何か贈ろうとしても委縮されたり、突き返されたりするほうが私は嫌いだな。前者はともかく、後者は損をした気分になる。これまでそういう女性と接したことはなかったから、もし君がそんな風な女性だったらどうしようかと思っていたんだよ」
「そんなこと、わかりきっていたではありませんか。買ってくださるというなら喜んで受け取らせていただきますわ。だってわたくしは、金貨袋と結婚したのでしょう?」
「ああ、確かにその通りだ。君が清貧を愛する無欲な聖女なら、私との結婚なんて舌を噛んででも突っぱねただろうね」
レオンヴァルトは一本取られたというように笑いだす。少年のような笑顔のまま、レオンヴァルトは足を前に進めてシャルリアの隣に並んだ。
「けれど一つ、わからないことがあります。その袋の中身を、どうしてわたくしのために使っていただけるのかしら。……貴方は、お人形遊びが趣味というわけでもありませんでしょう?」
「……へぇ」
興味深げに目を細め、レオンヴァルトは馬車に乗り込んだ。シャルリアもそれに続く。ふかふかの座席に身体を沈め、レオンヴァルトは口を開いた。
「そう思った理由は?」
「そもそもレオン様は、女性の服飾にはあまり興味がないご様子でした。もし興味がおありなら、お義姉様のドレスもすぐにそれと気づくでしょう」
姉のドレスだと尋ねた時のレオンヴァルトは、着替えたシャルリアを見た瞬間から気づいていたもののずっと訊くタイミングがなかったのではなく、本当に今やっとそれに気づいたというような様子だった。
「それから、わたくしが試着している時ですが……貴方の目はドレスに向いていましたわね。ただ仕上がった物を淡々と確認する眼差しで、着こなしに対する意見もないようでした。人を着飾らせることを楽しむような方なら、もっと注文をつけてもいいでしょうに。少なくとも、お店の方にすべてを任せようとはなさらないはずです」
「正解だ。私にとって着飾ることとは、必要に応じたふさわしい格好をしたり、外面をよくするために見栄えを保とうとしたりすることだ。趣味として洒落者を気取るわけじゃないし、女性物ならなおさら興味がない。君が着飾りたいなら好きにすればいいが、語彙を駆使した心からの褒め言葉は求めないでほしいな」
「では、何故わたくしを人形と称したのです?」
「そう思っているのも本心だからだよ。飾って楽しむドールではなく、陳列して品定めをさせるトルソーとしてだけど、ね」
つくづくこの男はシャルリアを人間だとは思っていないらしい。しかし物は物でも高価な美術品のように丁重に扱われて管理されるなら、それも悪くはない気がした。たとえ道具としてであっても、シャルリアに何らかの価値を見出しているうちはきっとレオンヴァルトはシャルリアを大切にしてくれるのだろう。
「君は今日、多くのドレスや数々の装飾品をリコッドで購入した。これから先、君にはあらゆるいきつけの店の名前を覚えてもらう。そして、それはどこで買ったのかと人に訊かれるたびによどみなく答えなければいけない」
ドレスはベンダー商会で、宝石類はマプレ商会で。リコッドの直営店は言わずもがな、リコッド内に出店を許されるのはいずれも一流の商会のみだ。リコッドで買い物をするというのはそれ自体がステータスになる。レオンヴァルトの言葉を、シャルリアは黙したまま聞いていた。
「私はこれからも君に高価なものを買い与えるだろうし、君も君で好きに買い物をしてくれ。それはランサス夫妻の仲の良さと、ランサス家の財力を強く印象づけるものになるだろう。同時に、私の顧客達を宣伝していることにもなる。君のような美しい女性が身につける物なら、君を手本にしたい女性はこぞってそれを手に入れたがるだろうからね」
「レオン様はリコッドにも融資をしていらっしゃるのですか?」
褒め言葉には触れずに尋ねる。レオンヴァルトは小さく肩をすくめながらも頷いた。
「ああ。リコッドほどの老舗の大店なら、いちいち広告塔を作る必要もないけどね。それでも、私の妻がリコッドをひいきしていれば、リコッドとランサス家の結びつきをより強くするし、私の同業者に対する牽制にもなる。利益になる以上、使えるものは何だって使うさ」
だから君はいかなる浪費に対しても後ろめたく思う必要はない。高名な女優を雇って目立つ場所に広告を張り出すより、ランサス家および私自身の株も上げられることに金を使ったほうが有益だと私が判断したのだから――――微笑むレオンヴァルトのその顔は、間違っても純粋な少年という言葉からは程遠かった。
「愛妻家という評判がほしいのですね?」
「さすがに趣味を捏造されるのは気分がよくないからね。それが人から後ろ指を指されるようなものならなおさらだ。……フィアの将来にも悪影響が出れば、姉さんとダンヴィーに顔向けできなくなるよ」
レオンヴァルトは茶化すように言って窓の外へと視線を移した。その横顔は少し寂しげで。きっと彼にとって姉夫婦は、かけがえのない大切な存在だったのだろう。
「さて、感傷に浸るのはこれぐらいにしておこう。私は賢い女性が好きだ。己の分をわきまえつつも、己の武器を理解しているのならさらにいい。……シャルリア、君はどうだい?」
「重い愛よりもひとかけらのパンのほうがお腹を満たしてくれますわ。であるなら、望むだけのパンを与えてくれるほど金払いのいい方を嫌う者がどこにおりましょう」
「結構。それならきっと、私達はいい関係を築けるだろう」
「……ええ、本当に」
よくもまあこんな縁談が成立したものだ。その幸運を味わうように、シャルリアは口元にかすかな笑みを浮かべた。




