富める時も貧しき時も、以上の条項はすべて遵守される。
今、宮廷の勢力図は徐々に書き換えられていった。
シャルリア達のように新たなサロンを形成した者もいれば、それまでの力を失った者もいる。特に、詐欺の被害者という立場にとどまらず、加害者として加担した者達は爪弾きにされるようになった。
たとえば、ピンクダイヤモンドという名の着色ガラスのイヤリングを買ったドルゴー侯爵夫人は、「詐欺の証拠品を確保し、他の貴婦人が被害に遭わないよう保管していた」という名目で名誉を守ることにしたらしい。
それが建前であることは誰が見ても明らかだったが、ドルゴー夫人がそう言うのならと周囲はそれを承知した。ドルゴー夫人の顔を立て、彼女に恩を売ったのだ。
結果社交界でも大きな顔をしていたドルゴー夫人はおとなしくなり、彼女に取って代わって別の貴婦人が台頭した。
一方、ヤナシエ夫人はどう言い繕っても言い逃れができない。何故なら彼女は詐欺師ギリックに入れ込むあまり、彼にそそのかされるままにネズミ講を始めて周囲を勧誘していたのだ。
ギリックの言う新規事業に乗った夫人は信用を完全に失い、多額の罰金の支払いを命じられた。ついに義理の息子からも絶縁を言い渡されたとか。聞くところによると、すでに王都にはいないらしい。
他にも、いくつかの家や個人が失脚したようだ。空いた席には、優秀な……あるいは世渡り上手な人間が座ることだろう。
式典は宵の口に終わった。授与式のあとに立食式のパーティーが催されており、そこでも人に囲まれたのでさすがに疲れてしまった。
もっとも、そんな疲労などおくびにも出していない。常に偶像のように美しく、気高くありたかった。
それに、明日はランサス家のパーティーだ。慰労の意味を込めて、ランサス銀行の重役や、行員の中でも役職や職務を問わず特に優秀な働きを見せた者が招かれる。ランサス家の女主人として、シャルリアも采配を振るう予定だ。明日のためにも疲れは残せない。
全体的なねぎらいとしてはすべての行員に臨時の賞与が与えられたようだが、それとは別に特別な催しも必要なのだろう。ランサス家のパーティーに出席させるほどではない立場の者に対しても、望む形で部署内や支店内での慰労ができるよう取り計らわれているらしい。
会場の外に出る。停車場の辺りが少し騒がしかった。どうやら、誰かが警備員と揉めているようだ。
「シスター・シャルリア……!」
「まあ。まだ王都にいらしたのね、エマリー嬢」
血走った目のエマリーがシャルリアを睨みつける。眉をひそめるレオンヴァルトを制し、シャルリアは優雅に微笑んだ。
華美な装いこそ普段通りだが、髪型や服装に多少の乱れがあるのは春先の風のせいでも警備員と言い合いになっていたせいでもないのかもしれない。そもそも今の彼女には、身だしなみを整えてくれる使用人がいるのかも怪しいからだ。
伯爵令嬢という立場に対しても、シャルリアに対しても。なおも執着を手放さないそのさまはいっそ滑稽だった。
エマリーの実家たるセラーデ家は、今回の騒動を受けて失脚した家の一つだった。未遂で終わったとはいえ別の犯罪に加担した疑惑があり、領民からの嘆願を受けたこともあって国王から領地返上と降格処分を受けたのだ。
これまでの借金に加え、罰金も課せられたことで負債は遥かに膨れ上がり、王都にいられなくなったらしい。旧セラーデ領にもいられないということで、エマリー達は遠方にある母方の実家に行くのだと小耳に挟んでいた。
このまま借金が返せなければ、降がった爵位ですらも返上することになるだろう。それでもなお見苦しく振る舞うというのなら、返上どころか剥奪すらもありえた。
領民の嘆願を取りまとめて陳情したのは、彼女の姉であるセラーデ家の次女だという噂だ。次女イデリザは現在姿を消していて、貴族籍からも離れているという。
「どうして貴方なのよ! わたくしのほうが貴方より美しくて愛されているのに、何故そのわたくしがこんな不幸な目に遭わなければならないの!? 貴方なんて……貴方なんて、運がよかっただけじゃない!」
運がいい。運がいいと来たか。シャルリアは自嘲気味に笑った。
美しく生まれて、領地に貴重な資源があって、父はそれを手放していなくて。
その価値に気づいた資産家がいて、父と彼の間に共通の知人がいて、シャルリアと彼の求めるものが噛み合った。
だが、それだけではない。それだけでは、シャルリアとレオンヴァルトは結婚していなかった。
そもそもレオンヴァルトに見初められたのは、シャルリアが馬車の事故に巻き込まれて子を宿す力を失っており、そしてレオンヴァルトが病の後遺症で子を残す力を失っていたからだ。
もしどちらか一人の生殖機能が正常であれば。シャルリアなら嫁き遅れなかったし、レオンヴァルトなら最初の離婚を経験することもなかっただろう。二人は他人のままだった。
この結婚という契約が成立したのは、そんな偶然の重なり合いがあったからだ――――運がいいというのなら、確かにそうなのだろう。
「いつか貴方も、運が巡るといいわね」
うまく笑えているだろうか。多分、上出来なのだろう。もし負け惜しみに聞こえるようであれば、エマリーは今のように血相を変えて喚かない。
手を引かれた。レオンヴァルトだ。レオンヴァルトはエマリーに優しく微笑みかける。瀟洒な美青年の佇まいに毒気を抜かれたのか、一瞬エマリーが静かになった。
「エマリー嬢。どこぞの詐欺師が結ぶような不当な契約など、無効にするのはたやすいが……私であれば、あんな穴だらけの契約など結びはしないよ。だから精々励みたまえ、君に残された負債はあまりに大きい」
「なっ……ど、どういう……」
驚愕するエマリーは二の句を継げない。複数の警備員に阻まれたからだ。レオンヴァルトはもうエマリーのことなど眼中にないかのように、シャルリアを伴って馬車に向かった。
「何かなさったのですか?」
「大したことはしていないさ。セラーデ氏はどうあっても自己破産したくないらしく、国から仕事を紹介してやるよう頼まれてね。だから実入りのいい仕事を斡旋しただけだよ。なに、家族が一丸となれば借金も返しきれるはずだ。生きていればそのうち自由にもなれるだろう」
レオンヴァルトは口角を吊り上げた。いっそ清々しささえ感じられる、悪どい笑顔だった。
「セラーデ家は少しずつでも借金を返せるし、人手不足のところに労働者があてがわれた。国は無能な貴族の面倒を見ずに済むし、私達は見当違いの憎悪に悩まされない。実に素晴らしいことだ」
「レオン様……。わたくし、貴方のそういったところに惹かれたのかもしれませんわ」
「それはよかった。私も君の、自分に素直なところが好ましいと思うよ、シャルリア。……だから、私的な時間でまで無理をする必要などないさ」
馬車はすぐに動いた。当然、車内にはシャルリアとレオンヴァルトの二人しかいない。
自然と涙がこぼれる。何故悲しいのか、自分でもわからない。ハンカチを差し出すレオンヴァルトは、シャルリアが泣き止んでもずっと寄り添ってくれていた。




