病める時も健やかなる時も、以上の条項はすべて遵守される。
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シャルリアがレオンヴァルトとクリスフィアと一緒に美術館を散策していた頃、仲間とともに拠点に籠もるリーンストは苛立っていた。
誘拐犯は雇ったし、獲物の目星もつけてある。ワイトス家当主の孫やランサス家当主の養女など、セラーデ伯爵が逆恨みしている家の中には狙いやすい年頃の子供がいる家があった。
彼ら彼女らをさらって売り飛ばし、素知らぬ顔で身代金を要求するつもりだった。ついでにお付きの若い子守でも釣れれば御の字だ。売り物が増えれば儲けも増える。
だが、肝心の伯爵が動こうとしなかった――――伯爵の次女が、行方不明になったからだ。
もしやごろつきが欲をかいたのではないか、と怒り狂った伯爵は、彼らを早々に叩き出してしまった。依頼人の弱みを握り、いざという時の保険にしたり強請りに使ったりしようとしていると思ったらしい。
おかげでせっかく集めた人手はパァだ。そのうえ、急に解雇された彼らの機嫌を取るべく余計な金を使う羽目になった。
次女の部屋には絶縁と出奔を告げる書き置きだけ残されていたというが、伯爵いわくそんなものは信じるに値しないそうだ。
誘拐計画のための時間も人材も、急遽人探しのために割かれることになった。
リーンストとしても、娼館に沈める女が一人減るのは惜しい。誘拐を成功させて身代金をせしめれば、後は伯爵を破滅させるだけなのだが……その前に、消えた次女を回収しなければいけなかった。
結局、誘拐計画は先延ばしだ。下町に出入りしていたとか、異国へ向かう船着き場にいたとか、ここしばらくはずっとあやふやな目撃情報を頼りに次女の捜索を続けていたが、成果はまったく得られなかった。
その時、呼び鈴が鳴った。この拠点は、でっちあげた偽商会の名前で借りている。しかし一切活動していない、ただの幽霊会社だ。事務手続きの際には取引先としてリーンスト達の商会の名を出しているが、それだけだった。
誰も来客の心当たりはないようだ。だが、普段は祖国にいる組織の上の人間がたまに抜き打ちの視察に来ることはあった。今回もそれかもしれない。
ドアにもっとも近いところにいたギリックが動いた。がちゃり、ドアを開ける。
冬の空のように透き通った薄水色の目の青年が、多数の武装した警官隊を引き連れて立っていた。彼の手には、警察手帳と逮捕令状がある。
「警察だ。詐欺、恐喝、教唆、内乱予備の容疑で逮捕する」
「なっ……どうしてここが!?」
「他のアジトもすべて制圧済みだ。お前達は完全に包囲されている、逃げられると思うなよ」
身柄の確保は一瞬だった。複数の銃口を向けられて、リーンスト達にできることなど何もなかった。
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『巨大詐欺組織逮捕 “ドルヴァの亡霊”の一派か
富裕層から金銭を騙し取っていた疑いで、警視庁はハーベンス人の男女三十四名を逮捕した。容疑者はいずれもハーベンス国籍の秘密結社と関わりがあったとみられている。
この件について、事件解決に貢献したライレンズ・デュラカ警視は「自分は務めを果たしただけに過ぎない。真に称賛されるべきは、悪質な犯罪の撲滅のため戦った勇敢な市民の方々だ」と語っている。捜査には銀行家のレオンヴァルト・ランサス氏とバーヘリム・ワイトス氏が専門家として協力していた。
また容疑者達は、一八八二年に起きたトレア侯爵邸放火事件を初めとした複数の事件に関与している疑いがあり、余罪の追及を含めて当局は迅速に捜査を進める方針だ。』
ドルヴァの亡霊の一斉摘発から、慌ただしく一週間が過ぎていった。
あれからずっとシャルリアは人に囲まれ、レオンヴァルトも関係各所の挨拶回りや報道陣の取材などの対応に追われている。そんなシャルリア達は今日、公の式典に招待されていた。
「この功績は、決して私一人でなしえたものではありません。優秀な仲間達と、理解ある家族の協力あってのものです」
壇上に立つレオンヴァルトがはにかむ。犯罪抑止に多大な貢献をした名誉ある市民として授与されたメダルが、その胸元で輝いていた。
「特に妻の献身がなければ、ここまで辿り着くことはなかったでしょう。せっかく警視からいただいたこのメダルですが……私の真の英雄、愛する妻シャルリアに捧げても構わないでしょうか?」
「ランサス家は先代も愛妻家だったと聞いています。これも血筋ですか。ご自由にどうぞ、国家の平和と同じぐらい家庭の平和も大切です」
レオンヴァルトの隣にいたデュラカ警視が肩をすくめる。列席者から笑い声が上がった。
もう一人の受彰者として壇上に上がっていたワイトス家の当主は一瞬苦い顔をしたが、すぐに笑顔に塗り潰された。
列席者からの注目がシャルリアに集まる。くすりと微笑み、美しく立ち上がって一礼した。
これから別の意味で忙しくなる――――そう言ったレオンヴァルトの言葉は正しかった。
多くの新聞にテロリスト逮捕の見出しが躍る中、社交界では「金を騙し取られた富裕層」の話題で持ちきりだ。
ランサス家のレオンヴァルトが事件解決に協力した市民の一人だというのは当然のように知れ渡っていて、その妻であるシャルリアも夫の活躍に貢献していたとみなされている。あの情報収集と結び付けられたのだろう。
それは事実だ。もともとレオンヴァルトが絞り込んでいた詐欺師の動向に、シャルリアが調べてきたいくつかの怪しい商会が重なった。それが決め手となり、デュラカ警視はすべての拠点の位置を割り出すことができたらしい。
被害に遭ったとレオンヴァルトが予想した家と、シャルリアが情報を聞き出した貴婦人の家の多くが一致したこともあり、証拠としての能力は十分に証明されたとか。それぞれの調査結果が互いに補完し合い、信憑性を高めたというわけだ。
だからこそ、噂好きの貴婦人達はこぞってシャルリアから被害者を聞き出そうとした。それで被害者から恨まれてはたまらないので、シャルリアは何も言わず微苦笑を浮かべるだけだったが。
それに、シャルリアが話さなくても、きっと誰しもうっすら気づいているだろう。それでも執拗に聞き出そうとするのは、自分が騙されたことに気づかれていないか確認したいか……自分だけではないと思いたくて、他に騙された誰かの存在について確信を持ちたいからに違いない。
中にはメイスク夫人のように完全な興味だけで知りたがる者もいたが、彼女達の情報源は口の堅いシャルリアだけにとどまらない。シャルリアが駄目なら他の情報通を当たればいいし、そもそも自分達の憶測でいくらでもあることないこと言いふらすことができる。
それを応用し、世論を自分の都合のいいように誘導する話術も、いずれものにしたほうがいいだろう。社交界は、噂一つでどうにでもなる世界だ。武器は多いほうがいい。口の達者なメイスク夫人から学ぶことはまだ多そうだ。
渦中にいながら余計なことを喋らないシャルリアは、一定の信用と尊敬を勝ち得たらしい。次第にシャルリアが招かれる催しで、騒動に関することは囁かれなくなった。
代わりに、被害に遭った貴婦人達、そして保守的かつ義理堅いことで有名な権威ある者達が、様々なところで何かとシャルリアに便宜を図ってくれるようになった。
前者はともかく、後者はこれまでシャルリアとはあまり関わりのない存在だった。流行に疎く、変化を拒む前時代の老人達だ。彼ら彼女らにとっては、革新的な平民の妻の価値など、いくら流行の最先端に立つ社交界の華だろうが認めるに値しないのだろう。シャルリアとしても、退屈な老人の妄言に付き合う気はさらさらなかった。
しかし、さえずり以外のやり方をもって己の立場を示したシャルリアは、何かの琴線に触れたらしかった。「くだらぬ噂話を吹聴することのない、礼節を弁えた義理堅い娘」として、そういった一派の何人かに気に入られるようになったのだ。
先に態度を軟化させたのはあちらだ。それならばシャルリアにも礼儀を尽くす気力と、相手を己に染める意欲が湧いてくる。
次第にシャルリアは古い世代と新しい世代の橋渡し役として振る舞うようになり、二つの間にある世代間の隔たりを解消する一助を担うようになった。
最新の流行に興味のない老婦人達にも、懐古の念を刺激して乙女心を蘇らせてやれば、たちまちシャルリアを頼るようになった。こうなれば、あとは扱いも容易い。
シャルリアも、彼女達の昔話を聞くたびに、彼女達の時代のファッションが逆に何か新鮮なもののように思えてくる。もし今現代風に蘇らせるとしたら、どんな素敵な着こなしになるだろう。賛同者は世代を問わず集まった。
なにか新しい流行が生まれそうな予感がした。それを作るのは、間違いなくシャルリアだ。




