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この結婚は契約であり  作者: ほねのあるくらげ
第一条

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4/42

夫は妻の衣食住を保証する。 1

* * *


「それでは改めまして……ご結婚おめでとうございます、レオン様。ようやく縁談がまとまって使用人一同安心してますよ。ヤーリッツ爺に電話したんですけど、すごい喜んでました。いやまああんまり変わってなかったですけど、声が弾んでた気がするのできっと喜んでたと思います」


 レティラ家では沈黙を保っていた近侍のユライは、馬車が走り出した途端に待ってましたとばかりに顔を輝かせた。こうなると彼はもう止まらない。今まで我慢していた分、言葉が溢れ出してくるのだ。


「今さらおめでたくもなんともないけどね。なにせこれで三度目だよ」


 ゆっくりと流れていくのどかな景色に目をやりながら、レオンヴァルトは苦笑する。

 カリア村を訪れたのはほんの短い間だったが、都会の喧騒とはまったく違うこの空気は疲れた身体を確かに休ませた――――やはり、この村は金になる。


(レティラ家はすでに掌握したも同然だ。あとは本格的な調査に乗り出して、あれ(・・)を売れるように整えればいい。……たとえ目論見が外れても、妻にできる女は見つけた。あとは借金の半分でも回収できれば、十分見返りはあったことになる)


 あれ(・・)以外は何もない村。がたんがたん、馬車がひどく揺れるのもいただけない。道路の舗装、施設の建築、景観の保全。考えることはまだある。

 機を見てレティラ伯爵に話を持ち掛けて、それで。ああ、自分で何度もここに来るわけにはいかないから、信頼できる代理の者を間に置かなければ。


「――で、今度の奥方はどれくらいもつと思います? 僕としては半年もいてくだされば上々だと思うんですが。夫がレオン様とか普通に嫌でしょう。前世で一体どんな罪を犯したらそんな罰を受ける羽目になるんですか。僕が女だったら、式のその日に逃げますね。リガレータ様との結婚、ほんとよく一年も続きましたよ。ヘレニア様は三ヶ月ももたなかったのに。さすがリガレータ様、レオン様と二年も付き合えただけのことはあったってことですかねぇ。リガレータ様、忍耐力あったし猫被りはうまかったからなー。まあ、金のことでレオン様を出し抜こうなんて思ったのが運の尽きでしたけど。おまけにあの人、最初から資産目当てだったんでしたっけ?」

「……リガレータは、私に大きな教訓を与えてくれた。だからこそ、私の前で彼女の名前を二度と口にしないでくれ」

「とか言って、全然活かせてないじゃないですか」


 主人が苦虫を噛み潰したような顔をしたにもかかわらず、ユライは悪びれもせずに喋り続ける。この青年はいつでもこんな調子だった。出会った時から何も変わらない。きっと彼は、喋れるときに喋らなければ死んでしまうのだろう。


「シャルリア様はどうなんでしょう。リガレータ様みたいに、欲に目がくらんじゃいますかね? それともヘレニア様みたいに、お飾りの立場に我慢できなくて爆発すると思います? レオン様の悪い噂を広めてるの、絶対ヘレニア様ですよ。そりゃ前からひそひそされてましたけど、離縁以降ぱったり縁談も来なくなって、こっちから持ちかけても断られるようになりましたし。見合いの席までこぎつけても、相手の瑕疵が大きすぎるかこっちの瑕疵が大きすぎるかで結局破談になったでしょう。離縁を突きつけられた時のヘレニア様、ないことないこと喚いてましたよね。あー、あのときはすごくうるさかったな。今でも罵声が耳にへばりついてます。さすがのロザルデさんも目を白黒させてましたっけ。その点、リガレータ様はおとなしかったですよね。おとなしかったというより潔かったというか、開き直ってましたけど。あのヘレニア様がさんざん悪評を吹聴したでしょうに、まとまるとか奇跡ですよ奇跡。四度目はないんじゃないですか? ころころ女主人が変わるのは面倒だってカロエッタさんも言ってましたし、色々手配するのも大変なんで、使用人的にはそろそろ最後にしてほしいところなんですけどねー。ねえレオン様、これでも駄目だったら諦めません?」

「なに、今度は逃がさないさ。彼女の一生を買うつもりで金を出したんだ。私に逆らえばどうなるか、わからない馬鹿でもないだろう」


 シャルリア・レティラ。あんなに都合のいい女は他にいない。

 伯爵位を持つ貴族の娘で、由緒ある修道院に勤め、実家が貧困に苦しんでいて。やや細身過ぎるきらいはあるが、傍に置いて毎日眺めるのが苦痛なほどに醜悪なわけではない。それどころか、貴族の中に混じって着飾らせても見劣りしない美貌だ。

 あれほどの女が何故嫁き遅れたのか、その理由は仲人となった上得意の男から伝聞の体で聞かされていた。だが、それはレオンヴァルトにとってむしろ利点にしかならない事情だ。


「うわぁ。そういうとこですよ、レオン様。フィア様がこんな感じにならないといいんですけど。ギルにもレオン様の影響が出てるっぽいんですから勘弁してください。子供に悪影響です。あ、ギルは元からレオン様二世みたいな奴でしたっけ? よく見つけてきましたよね。今から先が思いやられます。せめてフィア様とレーシャちゃんはまともに育ってほしい。シャルリア様も可哀想ですね、レオン様に目をつけられちゃって。レオン様の妻探し、ビアフォル伯爵に話したのは僕ですけど」


 ぼやくユライのことなど気にも留めず、レオンヴァルトは薄く笑う――――そうだ、決して逃がさない。


* * *


 レオンヴァルトが遣わした迎えの馬車がカリア村に着いたのは、一週間ほど経ってからだった。帰る道中にあらかじめ連絡していたのか、あるいはシャルリアが拒まないことを見越していたのだろう。

 疲れた馬と御者、そして着いてきていたメイドに少し休んでもらい、ほどなくして出発する。レオンヴァルトも大したものは持ってこなくていいと言っていたので、シャルリアが用意した荷物はやはりテリーヌバッグが一つだけだった。

 その少なさもメイド達は承知の上だったのか、特に気にすることなく馬車に積んでくれる。傅かれるのは初めてだったのでまごついたが、なるべく悠然と振る舞ってみた。お飾りとはいえ、自分はこれから彼らの女主人となる身だ。恐縮していてもしょうがないだろう。

 御者はペルゲン、メイドはメルツィスカと名乗った。どちらも中年の、人のよさそうな男女だ。メルツィスカはシャルリア付きのメイドらしい。

 ランサス家は貴族ではないとはいえ、中流階級の中でも上層に位置する名家だ。むやみに多いというわけではないそうだが、シャルリアが何もしなくても困らない数の使用人が屋敷にはいるという。

 いくつかの町を中継しての王都までの道のりは、楽の一言に尽きた。こまごました用事はメルツィスカが済ませてくれるし、不自由しないだけの荷物がランサス邸から馬車に積まれている。シャルリアはゆっくり窓から外を眺めているだけでいい。

 疲れる点と言えば、座りっぱなしでいることだけだ。それも宿に泊まるたびにメルツィスカが凝り固まった身体をほぐしてくれるので、申し訳ないやら嬉しいやらでどんな顔をしていればいいのかよくわからなかった。

 

(使用人というのはすごいわね。自分達もきっと大変でしょうに、そんなことはおくびにも出さずに仕えてくれている)


 果たして同じことが自分にできるだろうか。できないことはない、と思う。修道院での生活も、自分のことは自分でやっていたし、人に仕えるようなものでもあった。しかし表向きの立場はみな対等で、だから小言も許される。見返りがあるなら傅くこともやむなしと思えるが、こうしていかなるときも黙々と己を殺して奉仕するのは難しい気もする。

 自分のことを自分でやるのは構わない、けれど何故人の面倒まで見なければいけないのか。それは、修道院に来たばかりのときのシャルリアが抱いた疑問だった。

 置かせてもらっている身ということで、幼いシャルリアは懸命に働いたし、そうする以外に生きる方法がなかったのだが、その疑問自体は心の奥底にくすぶっている。……やはり、人に仕える仕事をするのは大変そうだ。


 休み休みののんびりとした一週間の旅路を終えて辿り着いたランサス邸は、控えめに見積もってもレティラ邸の五倍はあるほどの大きさだった。庭園まで含めれば、敷地内にカリア村をそっくりそのまま作れてしまうかもしれない。シャルリアは、これほど立派な屋敷を見たことがなかった。おまけに庭園の中にもう一つ、離れらしき小さな屋敷があるようだ。

 王都の郊外、比較的静かな土地にひっそり佇む豪邸の門はシャルリア達を乗せた馬車を迎え入れるようにゆっくり開く。本邸と思われる屋敷からは使用人達が出てきて、積まれた荷物を下ろしてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、奥様。私はこの屋敷の執事をしております、ヤーリッツ・ハドラと申します」


 深く頭を下げた白髪の老紳士は、好々爺然とした笑みを浮かべていた。

 穏やかなそのたたずまいにほっとする。使用人達もシャルリアのことをにこやかに迎えてくれているので、お飾りの妻とはいえ思ったよりも軽んじられてはいないようだ。


「現在、旦那様はお仕事のため屋敷にはいらっしゃいません。立て込んでいて帰宅は日付を越えてしまいそうになるとの連絡がございましたので、本日はお会いになれないかと……。申し訳ありません」


 本当に仕事が忙しいのか、あるいはシャルリアに会いたくないがために適当な口実を作ったのか。前者だろうな、と思う。だってここには彼の養女(むすめ)がいるのだ。レオンヴァルトのあの様子なら、シャルリアが彼女を害さないか逐一見張ろうとしていてもおかしくない。


「奥様も長旅でお疲れでしょうから、本日はお早くおやすみになってください。すぐにでも湯浴みとお食事の支度をいたします」

「ええ、そうさせていただきます。レオン様は……その、普段は何時ごろにお戻りになるのかしら」


 言い淀んだのは、レオンヴァルトの仕事を訊こうとしたからだった。

 彼については資産家としか聞かされていない。しかし妻になる女が夫になる男の仕事をまったく知らず、人に尋ねるというのは具合が悪い気がした。まだ彼と知り合って間もないとはいえ、そこまで話せるほどの関係すらもないのだとは使用人達には何となく知られたくない。


「そうですね……普段ならば十九時ごろでしょうか。遅くても二十一時までにはお帰りになりますが、それに間に合わない場合はお電話がございます。二十一時より遅いようであれば、奥様のお身体に障りますから、お先におやすみになってくださいませ」


 二十一時は何かの目安らしい。しばらく考えて、七歳の養女の就寝時間ではないかと思いいたる。どうやらレオンヴァルトは家庭と仕事を両立したがる人間のようだ。その養女を本当に愛しているのだろう。


「わかったわ。とりあえず、簡単に屋敷の中を案内してもらえるかしら」

「はっ。こちらでございます」


 ヤーリッツは恭しく玄関のドアを開けた――――果たしてこの屋敷は、シャルリアを歓待してくれるのだろうか。

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