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この結婚は契約であり  作者: ほねのあるくらげ
第四条

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36/42

妻には、夫の友人と交友を深める義務は生じない。 2

 ライレンズが頭を下げた。波が広がるように、会議室内の緊張の糸が解けていく。一瞬にして掌握された場の空気は、一瞬で霧散した。だが、ライレンズにとってはそれこそ望む成果なのだろう。人の心を蝕むのは、ほんの一抹の不安だけでも十分だ。

 出席者達は乾いた笑みを浮かべ、周囲をうかがいながら去っていく。レオンヴァルトは席を立たなかった。


「……お帰りにならないので?」


 先に音を上げたのはライレンズだ。出席者は全員帰ったにもかかわらず居座るレオンヴァルトを、ライレンズの部下であろう警察官達が不思議そうに見ている。


「私の話は終わっていないのでね。まったく、質疑応答の時間ぐらいは設けてくれたまえよ」


 ライレンズは顔をしかめたものの、部屋を出るよう部下達に指示をする。会議室にいるのはレオンヴァルトとライレンズの二人だけになった。


「あんな大仰な場を設けるなんて、一体どういう風の吹き回しだい? 君、大勢の前で立って喋るのは昔から苦手だっただろう」

「好きでやったわけではない。……しかし大人になると、好悪では済ませられないものもあるだろう。自分が直接進行を務めるのが、上司の名前を借りた条件だ。……自分を買ってくれているお方だ、その信頼には応えるべきだし……それが示すべき誠意だと思ったからな」


 それでも不本意ではあったのだろう、ライレンズは心の底から吐き出したような深いため息をつく。「中々さまになっていたさ」「世辞は不要だ」褒めたつもりなのだが、慰めになるほど響かなかったらしい。


「質問とはなんだ? 頼むから簡単なものにしてくれ。昔から、質疑応答で手を挙げる時のお前が一番嫌いなのだ。ベルゼゴスチャの定理の証明論文だというのに、わざわざアンデルボーグ螺旋論を持ち出してまで途中式の反証をされたことは忘れていないからな」

「そもそもの回答が間違っていたから、理論がわかりやすいよう説明してやっただけじゃないか。そもそも、それはお互い様だろう? 君の容赦ない批評のせいで、古典文学の時間はいつも肩身が狭かったんだ。頼むから黙っていてくれと、何度思ったことか」


 ライレンズは、レオンヴァルトの学友だ。彼の類まれなる洞察力と柔軟すぎる思考回路は、飛躍しすぎた想像力として発露していた。突飛な言動を繰り返す奇人として避けられていたライレンズに、他者にない視点を持つ者だとして興味を引かれ、交流を持つようになったのだ。

 寄宿学校時代からの親友をユライと呼ぶなら、ライレンズは大学時代からの親友と呼んでいい。この二人からは色々と学ばせてもらったものだ。社交性に富む話術も広い視野も、いい武器になる。二人から吸収した技術はきちんと今のレオンヴァルトの礎になっていた。


「さて、質問なんだが……ライリー、君はあの与太話を本気で言ったわけじゃないだろう? 国家の中枢を担う者達の警戒心を高めるのは大いに結構だが……近い将来、何に備えておけばいいんだい?」

「引っかからなかったか。……ならばやはり、お前に頼むべきなのかもしれないな」


 気の抜けたような笑みを見せ、ライレンズは肩をすくめた。


「察しの通り、通信塔はただのこじつけだ。特需で一山当てたうさんくさい業者がむやみやたらと仕事を請けたはいいものの、特需が弾けて倒産。夜逃げして、手つかずになった事業を別のもっとしっかりした業者が買い取った。それだけだ。その社長にハーベンスへの留学歴があったからそれを利用した。本当にドルヴァのシンパだったら面白いのだが」

「やめてくれたまえ、笑えない。そんな悪夢、空想の中の世界だけにしてほしいものだ」

「しかし、ドルヴァの亡霊が国内にひそんでいる、というのは事実だ。特殊情報部からのたれこみがあった。幸い、まだ目立った破壊行為はされていないが……だからこそ、お偉方を動かせるほどの根拠がなくてな」

「……王室直属の秘密警察か。なら、確かな話なんだろう。水面下でいくらでも動けるのは特殊情報部の強みだが、実際に各界の重い腰を上げさせるよう働きかけるとなると……」

「そう、どうしても後手に回らざるを得ない。理由が必要なのだ。気を引き締め、有事に備えるべきだと納得するだけの理由がな」

「あの事故は都合がよかったというわけか。国中の情報網が麻痺するような悪質な事故ではあったが、混乱は最小限に抑えられていたし……何より、本物のテロが起きた時ほど被害が少なく済んだからね」

「疑心暗鬼に陥ったお偉方が、あちこちの警備を強化してくれれば御の字だ。取引先や下請け業者の信用度を調べ直す機会にもなるだろう。これを機に、悪徳な幽霊会社を一掃できるかもしれないな」


 事故も事件も、起きないのが一番だ。だが、一度起きた過ちに対しては対策を講じる余地が生まれる。過失から学び、次に生かすことが一番の有効活用だろう。


「それにしても、亡霊達はどうして我が国に? まさか、大陸制覇の足掛かりとは言わないだろう?」

「それについてだが。……この国は、昔から裕福だっただろう? そもそもドルヴァのロイゼ遠征の目的は、カネとモノだ。特に帝国との交易港やら地下資源やら……そういったものは、いまだに我が国を潤してくれている」

「……まさか、ドルヴァが奪い損ねた宝の山を今度こそ軍資金に、と?」


 いや、今の亡霊に戦争を仕掛ける軍事力はないはずだ。あれば局地的なテロ行為にこだわらず、とっくに大々的な宣戦布告を各所に対してしているだろう。武力で制圧するにしても限界がある。国を相手にしてそう長々と居座れるとは思えない。 


「……違う。持たざる者だからと言って、強引に奪わなくていいんだ。持つ者達から、譲ってもらえば……」


 人質との交換でも。何かに対する代価としてでも。悪意ある嘘で、巻き上げるのでも。レオンヴァルトはわななきながら呟いた。

 どうか突飛な妄想だと言ってほしい。しかしライレンズが「仮説」と呼んで披露する空想は何故か必ず正解していた。無数の可能性の中から、たった一つの真実に辿り着く。それこそが彼の魔人としての能力だ。それを支えているのは、感性、あるいは感覚と呼ぶべき何かだった。直観する力に長けているのはギルと同様だが、ああ見えてもきちんと自分の中で筋道が立っていて理論的に説明できるギルの力とは似ているようで異なっている。

 忌々しいことに、そういうときのライレンズが話す「仮説」は決まって一番馬鹿らしいものだった。常識に囚われない柔軟な思考回路とやらを働かせるときだけ、ライレンズの空のような瞳は斜め上の解答を示すのだ。

 彼の思考を真似ていたせいで、レオンヴァルトにも“それ”が見える。至ってしまう。いくつもの仮説を脳内で並列して組み立てた中にある、一番ありえなさそうなその答えに。

 レオンヴァルトから足掻く意志を奪うように、ライレンズは重々しく頷いた。そしておもむろにこう告げる。


「まだ連中の尻尾こそ掴めていないが……どうやら亡霊どもは、この国の資産家達に取り入ろうと暗躍しているらしい」

「なんということだ……」


 ドルヴァの亡霊。そう呼ばれる暴徒達に、(ちから)を渡してはならない。

 百年も昔に死んだ、英雄とも侵略者とも言える男の遺志を継ぐ。その汚名をそそぎ、祖国にもう一度栄光をもたらしたい。なるほど、志は立派だ。だが、その夢物語を叶えさせるには、あまりにもこちらが払う損失(ぎせい)が大きすぎる。そんなものを看過してやる義理は、どこにもない。

 戦争というのは金になる。武器(てつ)が動き、軍人(ひと)が動き、糧食(さくもつ)が動く。それらすべてに付随するのが金なのだから。

 だが、それと同時に金がかかる。充実した装備、奮闘のための褒賞、士気と体調を維持する生命線。何をするにも金が要るのだから。

 ドルヴァの亡霊が、一国を相手にして強硬手段に出た場合。本当の意味で、ドルヴァが率いた軍隊の再来となったとき。労働力(おとな)が死に、未来の投資先(こども)が死ぬだろう。建物が崩れ、畑は荒らされるだろう。その損失は、一体誰が埋めてくれる?

 相手が国なら、賠償を請求できる。土地なり金なり権利なりで、勝ちさえすれば補填できる。だが、ドルヴァの亡霊達が持つ資源と資金は、すべて闘争のために賄われているものだ。そのためだけに彼らは力を集めたのだ、その後のことなど考えているわけがない。そんな輩、相手にするだけ馬鹿らしいだろう。

 国家と暴徒では、見ているものが違う。かけた費用すらも回収できない戦争など始めるべきではないし、ましてや乗せられてはいけない。しかし暴徒はその当たり前の理論に囚われないから、手に入れた力をもって暴れようとする。無益な衝突を避けるには、暴徒が立ち上がる前にその牙を根元からへし折るしかない。

 ドルヴァの亡霊が立ち上がるためには金が要る。兵士を鍛え、武器を集め、砦を築き、物資をそろえなければいけない。金があれば、それらはたやすく叶えられる。この国での目的が資金繰りだけだと考えるのはまだ早い。金は自力で稼ぐより、人から取ったほうが簡単だ。簡単に金が得られることを知った者は、すぐにもっと大きな額の金が欲しくなる。一度味を占めた者の欲望に、際限など存在しない。

 騙し、奪い、盗む。それは経済活動への冒涜に他ならない。軽度な罪を許せばさらに重大な罪に繋がる。恐怖と武力をもって他者の利権を踏み躙ろうとする暴徒にだけは、搾取されるだけの豚だと思われてはいけなかった。


「レオン、お前にしかできない頼みがある。お前の友としても一人の警察官としても頼もう。ランサス銀行の会長たるレオンヴァルト・ランサスにだ。この国のために、どうか聞き入れてくれないか」


 ライレンズの真摯な眼差しがレオンヴァルトを見据える。

 きっとライレンズは心からこの国の未来を憂い、他国からの侵略者を憎み、行われようとする犯罪を食い止めたいのだろう。それはレオンヴァルトにはない志だ。

 それでも、返事はもう決まっていた。たとえ理由が違っても、取るべき行動は同じなのだから。


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