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この結婚は契約であり  作者: ほねのあるくらげ
第四条

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35/42

妻には、夫の友人と交友を深める義務は生じない。 1

* * *


 シャルリアがヤナシエ夫人のお茶会に出席していた頃、レオンヴァルトは警視庁内にある大会議室に通されていた。


「デュラカ警視。あれは、事故として片がついたのではありませんか?」


 会議の時間になるなりそう尋ねた紳士の言葉は、この場にいる全員の疑問を代弁したものだ。

 出席者達の視線が、壇上に立つ一人の若い男へと一斉に集まる。王都でも指折りの名士達をこの場に呼び寄せたその男、ライレンズ・デュラカは鷹揚に頷いた。


「はい。通信塔の設備の老朽化と、それに伴う装置の不具合。それこそが、(くだん)の事故の原因です」

「ならば何故、今さら我々を招集なさったのでしょう? 事態の収束には、ランサス氏が素晴らしい貢献をなさったと聞き及んでいますが……何か重大な見落としでも?」


 質問者の紳士は厭味ったらしくそう続ける。視線の矛先がレオンヴァルトへと変わった。嫉妬、嫌悪、嘲笑、不安。わざわざ自分を話題の中心へと招いてくれた老人に対しても余裕をもって一瞥すると、彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。


 バーヘリム・ワイトス。ランサス家の仇敵とも言える、ワイトス家の当主だ。青年時代にレオンヴァルトの母を巡って父と争ったとか、恋敵(ちち)はもとより想い人(はは)似の恋敵の息子(レオンヴァルト)も目の敵にしているとか、悪趣味なゴシップ誌は面白おかしく彼のことを書き立てている。残念なことにどれも真実だ。

 そう断言できるのは、何もレオンヴァルトが両親のロマンスに興味を持っていたからではない。超えるべき現当主(ちち)はもちろん将来の商売敵(バーヘリム)の思考の癖や行動の型を知りたかったので、学生時代に彼らの過去についてつまびらかに調べたことがあっただけだ。

 おかげでバーヘリムの憎悪と執念は理解している。ワイトス家の中でも彼が一番ランサス家を憎んでいると言ってもいいだろう。


 いっときの感情だけで動く人間は大嫌いだ。だが、人を動かす最も強い原動力が感情であることも知っていた。熟成された愛憎とそれによるランサス家への対抗心が、今もなおあの男を現役に立たせているのだろう。

 ランサス家と敵対しているからと言って、己が損をしてまでこちらを害そうとすることもない。利権が絡んだ瞬間蹴落とし合うのはお互い様だ。判断力を鈍らせないまま、ある種の感情を熟慮の上でくべ続けているというなら、それは称賛に値する。


「そうですね。私としましても、最善を尽くしたつもりなのですが……それとも警視、何か新たな発見がおありでしたか?」


 レオンヴァルトは発言の許可を取り、ゆっくりと口を開く。

 王都を本拠地とする大商会の重役、富裕な銀行家、通信や報道関係の重鎮、上下院の議員、果ては軍人まで。敏腕揃いの誉れ高き警視庁においても最優と謳われた警視ライレンズによって呼び寄せられたそうそうたるメンツの前で、失敗は許されない。ここにいるのは、扱い方をしくじれば開かなくなる厄介な財布達なのだから。しかしレオンヴァルトが浮かべているのは、そんな内心の緊張感などみじんも感じさせない優雅な笑みだった。


「そうであるなら、問題解決のためにさらなるお約束いたします。栄えあるロイゼ王国の一市民として、協力は惜しみませんとも。この場にいる紳士淑女の皆様はもとより、この部屋の外で待つ他の方々も同じ気持ちでしょう。ですから、詳しい理由(わけ)をお聞かせ願えませんか」

「感謝いたします、ランサス氏。ではその寛大なお心に甘えて、もうしばしお時間をいただきましょう。もしかすると今後、皆様にご協力していただくことがあるかもしれませんので、ぜひお心に留めておいていただければと」


 ライレンズは恭しく一礼した。まるで晴れた冬の日の空のような瞳が一同を見渡す。よく目を凝らさなければ気づけないほど薄い水色のグラデーション。透き通った空をそのまま写し取ったような目は、一体何を見通しているというのだろう。レオンヴァルトはじっと彼を見つめた。


(ずいぶんな博打に出たものだな、ライリー。事の次第によっては、君の進退すらも危うくなるが……いや、心配するのも野暮か。君は昔から、やたらと勝負強かったからね)


 今日レオンヴァルト達が急に警視庁に呼ばれたのは、先日起きた通信塔の誤報に関することだった。新たな事実が判明したのでぜひ緊急会議を開きたい、と。

 だが、レオンヴァルトの息のかかった警視庁内部の情報提供者(にんげん)からは何も聞かされていなかった。つまりこの招集はライレンズの独断か……ごく一握りの上層部による判断で行われたものであるということだ。

 いくらライレンズが優秀な警察官であり、これまで解決してきた数々の難事件からツテを辿ったとしても、彼一人の力でここまでの権力者達を召喚することは難しいだろう。

 事実、レオンヴァルトへの書状も警視庁の大物の名前が載っていた。無断使用であるなら論外だし、たとえ許諾の元であったとしても場合によってはその名前に泥を塗ることになる。それほどのリスクを冒してまで、何故ライレンズはレオンヴァルト達を呼んだのだろうか。


「まず、問題の通信塔ですが。こちらは戦時中……ドルヴァの大遠征の最中に建てられたものでお間違いありませんか? 実際に稼働したのは、終戦後からのようですが。御社は、終戦後にその権利をお買いになったのですよね?」


 ライレンズに問いただされた、渦中の電信会社の重役は上ずった声で肯定した。その最大の出資者であるバーヘリムは苦々しい顔をしている。


 百年前、隣国ハーベンスとの間で起きた大きな戦争は、当時国内に大きな爪痕を残した。中にはレオンヴァルトの曽祖父のように、親の代から営んでいた紡績業を戦争特需でさらに拡大化して成功を収めた経営者もいるが、それはごく少数の運と腕と頭がよかった者に限った話だ。工場の立地やら取引先やら、何かが少しでも違えばランサス家だって破滅を迎えていたかもしれない。

 国民の多くは、忌むべき侵略の歴史として心に刻んでいるだろう。シャルリアの故郷であるレティラ領も、戦火に巻き込まれて多くを失ったと聞いている。国全体で見れば、得たものよりも失ったもののほうが圧倒的に多い。ハーベンス側の侵略によって始まったその戦争は、諸外国の支援を受けながら停戦を迎えたが、賠償についてはうやむやにされていた。そのせいで、いまだ両国間に禍根を残している。

 

「調査の結果、同時期に建設された通信塔は国内外に数百あることが判明しています。しかしその中でも特に、ある一つの電信会社が製作に携わっていた装置を置く十数の通信塔が、大遠征の被害を受けた三つの国に点在しているようなのです」

「たまたまその地域一帯が、その会社の管轄だっただけでは? あるいは、その会社の重役と懇意にしている領主がそれぞれの国にいたとか」


 何某の疑問に、ライレンズはゆっくりと首を横に振った。


「確かに、国境を越えて支社を持つ大手の会社であれば、さほどおかしくはなかったかもしれません。ですが問題の会社の社長は、暴君ドルヴァの共鳴者(シンパ)でした。ハーベンス国籍の会社ではなかったせいで、誰も疑うことなく仕事を振っていたのでしょうが。本筋とはそれますため、この辺りについては割愛させていただきますが……まったく、うまい隠れ蓑を思いついたものです」

「おや。となると百年前、我々はそうとは知らず仇敵に心臓部を握らせるような真似をしていたのでしょうか。情報は、国のもう一つの心臓と言っても過言ではない。敵の息のかかった人間が用意した通信装置がもし戦時下に稼働していたと思うとぞっとしませんね」

「おっしゃる通りですよ、ランサス氏。我々にとっての不幸中の幸いは、各国の包囲網によってドルヴァを抑え込んでいる間にハーベンスで革命が起きたことでしょう。おかげで通信塔の完成よりも早く停戦を迎えることができました」

「……そもそもあの通信塔は、ドルヴァが諸国を攻め落とすために急いで用意させたものだった、と。確かに、ハーベンス軍の侵攻は膠着状態が長かった。戦局を変えるべく、絡め手を講じていても不思議はありません。……まあ、攻め落とした国を即座に掌握できるよう、用意を始めていたものなのかもしれませんが」


 王の弟という身でありながらかつてのハーベンスを実質的に支配していた、暴君と名高いあの将軍ならその慢心も考えられる。諸国を手中に収めようと大きな遠征を繰り返し、強引な勝利を重ねてきたドルヴァの膝をつかせたのは、軍事費調達のための重税と徴兵制度に苦しんでいたハーベンスの国民だ。武勲に溺れるばかりで政を顧みなかった王弟は旗下の軍人からのクーデターに遭って処刑され、当時のハーベンス王もその責を負って退位したという。

 部下の反乱によって死亡したドルヴァだが、厄介なことにその死を悼む熱心な信奉者達も多かった。戦勝によって利権を享受していた者や、ドルヴァ個人のカリスマに魅せられていた者だろう。


 指導者を失ったハーベンス国内は、ドルヴァ派と反ドルヴァ派に割れてひどく揉めたらしい。新王朝が内政に手いっぱいだったせいで、望むだけの賠償を得られなかったのだから、被害にあった国からすればとんだとばっちりだが。

 ドルヴァ亡き後も、彼のシンパは水面下で活動を続けているという。ドルヴァ派を名乗る暴徒達によるハーベンス国内での脅迫(テロ)行為は枚挙にいとまがなかった。

 ドルヴァがなしえなかった大陸制覇を果たすためだとか、裏切りによって汚名を着せられた英雄の名誉を挽回するためだとか、ドルヴァの遺志を継いだ自分達こそがハーベンスの支配者になるためだとか。彼らの目的は定かではない。荒唐無稽なものでは、死んだドルヴァの復活を果たすためだとも言われている。はっきりしていないのは、犯行声明がまちまちだからだ。組織が一枚岩ではないか、指示系統の異なる秘密結社がいくつも存在するのだろう。そんな彼らは、ドルヴァの亡霊と総称されていた。


「無論、百年前の装置が今も変わらず通信塔に置かれているという事実はありません。ですが彼らは百年前、確かに痕跡を残していました。今もなんらかの形で……かつ、正体を悟られないよう巧妙に何かへ関与していても不思議ではないでしょう」

「結局それは警視の推論だろう? いや、あまりにも強引なその話の運び方は推論とも呼べやしまい。想像どころか、妄想の域だ」


 レオンヴァルトとライレンズの会話に耳を傾けていた者もいたが、中には鼻で笑う者もいた。今発言したのは、上院の議員だ。侯爵家の当主で、筋金入りの保守派。レオンヴァルトの頭痛の種になりやすい人種だった。


「妄想、妄想ですか。そうですね。自分は、いかんせん他者(ひと)より想像力が豊かなもので」


 とはいえ、あっさりとライレンズがそう認めたのは、否定派にも予想外だったらしい。拍子抜けした彼らに対し、ライレンズはゆっくりと続けた。


「ですが、想像してみてください。ドルヴァのシンパは、すでに国内にいるかもしれない(・・・・・・)。彼らは自分達の復権を狙っているかもしれない(・・・・・・)。通信塔の事故は彼らが仕掛けた罠かもしれない(・・・・・・)。ドルヴァの亡霊は、この国を――貴方達の持つすべてを、狙っているかもしれない(・・・・・・)


 ライレンズの声が、呪詛のように響く。元々、低くねっとりとした声質の青年だ。別段張り上げているわけでもないというのに、その言葉はゆっくりとまとわりついてくる。


「どうか皆様方におかれましては、何が起きてもいいように重々警戒をしていただきたく。……自分の話は以上です」

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