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この結婚は契約であり  作者: ほねのあるくらげ
第四条

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31/42

互いの趣味については、寛容であるものとする。 2

* * *


『ありがとう、レオンヴァルト君。まさか本当に、領地が戻ってくるなんて……』

「あるべきものをあるべき場所へと戻しただけですから。当然の摂理です。それに、まだほんの一部でしょう? 買い戻さなければいけない土地はまだありますよ」


 電話の向こうでは、フェルスト・レティラが感極まったように声を震わせている。義父の様子に微苦笑を浮かべ、レオンヴァルトは言葉を続けた。


「今にレティラ領は、かつて貴方のご先祖様が守っていた通りの姿で貴方の手に戻ります。それに、貴方の代で飛躍的な発展を遂げるでしょう。どうか胸を張ってください、レティラ伯爵」

『ああ。これでようやく、ご先祖様に顔向けができそうだ……!』


 義父と呼ばないのは仕事中だからだ。フェルストも心得ていて、それについては何も言わない。ここがランサス家の書斎であればお義父(とう)さんとでも呼ぶが、あいにくここはランサス銀行の行舎だ。金を貸した者と借りた者、出資者と事業者、その区別は付けなければ。

 二、三の連絡事項を伝えて電話を切る。月に数度、フェルスト本人からこうやって電話をかけてくるよう指示したのはレオンヴァルトだ。むろん義父と義息子として親睦を深めたいからではなく、出資者として出資先の様子が知りたいからなのだが。

 財政難のあまりフェルストが手放した領地を買い戻すのは簡単だった。金さえ積めば売り手は頷くし、領主の名前が変わろうと民にとっては些事なのだから。領民が気にするのは税率ぐらいのものだ。もともとフェルストが定めていた税は破格の安さを誇っていた。それでも旧レティラ領に人が来ないのは、痩せた土地と寂れた町並みのせいだろう。税金が安いというのは、それだけ民の暮らしに還元できないということでもあった。

 だが、それももう過去の話だ。レオンヴァルト……否。ランサス家が、レティラ領に融資すると決めたのだから。町の再開発は進んでいる。商店や宿屋を建て、大通りを舗装し、農業以外の職を提示した。景観を活かし、自然をできるだけ壊さずに町興しを進めるのは骨が折れるが、ここで手を抜いては“商品”の価値が下がってしまう。すでに復興の兆しも見えていた。何もかもが順調だ。


(まさか、本物の町で鉄道模型が作れるとはね。年甲斐もなくはしゃいでしまうな……)


 レティラ領という箱庭を好きに弄り回すその仕事は、少年時代に夢中になっていた遊びを思い起こさせた。

 既製品では飽き足らず、理想の景色の中を走る鉄道を眺めるためにあれこれとミニチュアを並べ立てていくつもの鉄道模型を作ったものだ。それがよもや実物を使えるようになれるとは。趣味も実益も兼ねたこの仕事(あそび)こそ、今もっともレオンヴァルトを熱中させることだった。


「会長、そろそろ」

「ああ、わかった」


 秘書のハイリウスの呼び掛けに応じ、レオンヴァルトは外出の用意を始めた。今週は視察の週で、午後中王都を回ることになっている。これまで金を貸した場所の経営状態がどうなっているか、この目で見て回るのだ。

 馬車の中で軽食を取りつつ、まず向かったのは細工師の工房だ。シャルリアに贈った真珠の髪飾りも、ここの職人の手によるものだった。挨拶もそこそこに、工房の収支報告を受ける。いくつかの大店と契約を結んだらしく、じわじわと売れ行きを伸ばしているようだ。

 シャルリアがあの髪飾りを喜んでいたことを伝えると、職人は照れ笑いを浮かべて何度も頭を下げた。彼には今、シャルリア用のオペラの首飾りの作成に着手してもらっている。きっといい仕事をしてくれるだろう。

 座長の合意が得られたので、記念品みやげものとして首飾りの複製も売り出す算段だ。別の工房では首飾りを模したガラス製の置物を量産する準備が始まっていた。客の食いつきがよければ、ダイヤを用いた装飾用の首飾りも富裕層向けに販売できる。宣伝はシャルリアに任せておけば完璧だろう。

 家具職人の工房、画廊、貸本屋。予定していた店を次々と回る。どれもレオンヴァルトが気に入り、ランサス銀行の名で融資した場所だ。元々ランサス銀行の主要顧客は、中流階級の職人や商人達だった。結局のところ、実際に国の経済を支えているのは彼らなのだから。どれだけ金を持つ消費者が大勢いたって、生産者や小売業者がいなければなんの意味もない。

 一部の保守的な貴族からランサス銀行がよく思われていないのは、格式高い(・・・・)ワイトス銀行と違って平民にも門戸を開いているからでもある。そんなつまらないプライド、どうせ金を借りる側に回れば消え去ってしまうというのに。まったく愚かなことだ。見栄で腹が膨れるなら、誰も苦労などしない。

 今日予定していた最後の店は大衆酒場だった。安くてうまい料理と、いいビールがある店だ。貴族街の高級店には決してない雑多さは、義理と人情というものだろう。それについての興味は一切ないが、労働者にはそういうところこそ憩いの場になる。

 すでに店は開いていて、常連客らしい労働者がまばらに見える。身なりのいいレオンヴァルトとハイリウスに一瞬だけ胡乱げな視線が集まるものの、彼らの興味はすぐに目の前のビールジョッキへと変わっていった。カウンターを離れ、テーブル席でなじみの客と楽しげに会話していた店主は、レオンヴァルトに気づくと小さく頭を下げてカウンターへと戻った。


「残念ながらまだ仕事中でね。コーヒーをもらおう。とびきり熱いやつで頼むよ。ハイリウス、君はどうする?」

「では、ホットレモネードを……」

「またまたぁ。お二人とも、ビールの一杯や二杯じゃ酔わないくせに」


 他の客から少し離れたカウンター席へと座る。店主は破顔して飲み物の用意を始めた。使用人達には、今晩の夕食はいらないと伝えてある。ここで早めの食事を摂って残った仕事を片付ければ、クリスフィアの就寝時間までには家に帰れるはずだ。


「今のおすすめはなんだい?」

「イノシシ肉のローストなんていかがです?」

「いいね。じゃあ、それも頼む」

「あ、私、サラダをいただいてもよろしいでしょうか」


 ここの店主とはもう長い付き合いになる。酒場の経営はすっかり軌道に乗っているのだが、それでも定期的に視察に来ないと落ち着かないのだ。

 それに、ここには労働者が集まる。工場や工房、商会などに関する生の声を仕入れるのにもってこいの場所だった。


「熱っ」 

「ははは、気をつけてくださいよ。ま、身体は暖まるでしょう。この寒い中、よくお越しくださいましたね。料理はすぐにできますから、少し待っていてください」


 店主の近況報告を聞きながら、客の会話に耳をそばだてる。興味深い話が聞こえてくれば、すかさずハイリウスが手帳にペンを走らせていた。

 あそこの商会長はケチだとか、あそこの工場長は厳しすぎるとか。酔っ払いの大げさな愚痴か、それとも奴隷のように扱われる者の嘆きか。後者ならよくない。労働力(はぐるま)を雑に扱えば、組織そのものが瓦解してしまう。磨けば光る部品をガラクタ同然にこき使って擦り切れさせるなど、あまりにももったいないことだ。そういう無能な管理者には近づかないに限る。彼らの存在理由なんて、働き者の優秀な部品を格安で卸してくれるところだけだ。

 元の賃金が安いから、それに少し上乗せした額を提示するだけでも労働者は尻尾を振ってついてくる。最初から労働者を使い捨てだと思っている管理者は、文句を言いながらも連れ戻そうとはせずにさっさと次の労働力を探そうとする。だから 後腐れがない。

 引き抜いた労働者には、新しい職場で仕事と技術を学ばせる。後は働きに応じて賃金が上がるところを直に見せれば、忠実な駒の出来上がりだ。それまでいた環境が劣悪なので、少し待遇をよくするだけで大きな効果が得られるのもいい。そのおかげで、元がすぐ取れるのだから。

 従業員を丁寧に扱っている店の話は面白い。そういう店は、得てして大きくなりやすいからだ。従業員にやる気があるし、店や商品を客に気に入られようとしている。客の気分もよくなるから買い物は進み、店主はいっそう気前がよくなって従業員に還元する。そういう店には早いうちから恩を売っておけば、こちらも後で何かと得ができるのだ。中にはもちろん、店主の人柄だけでもっているような店もあるのだが。それはハズレの店だ。お情けで集まる売り上げにも限度があるのだから。


「はい、お待たせしました。お二人とも、どうぞごゆっくり」


 運ばれてきた料理を味わう。味はまったく落ちていない。店主の報告にも引っかかることはなかった。この酒場も他の視察先と同様に、滞ることなく返済が続いている。新しい設備の導入にも積極的だ。金は借りた分だけ返してくれるし、さらに金を借りて店を大きくしているのだから、優良顧客と言って差し支えないだろう。

 店主は他の客の相手をしに行った。注文なら女給が取るはずだ。世間話でもするのだろう。ああいう接客を疎ましがる者はいるが、好むものはとことん好む。常連になるような客ならばなおさらだ。

 案の定、談笑する声がすぐに聞こえてきた。何の気なしに店内を見渡す。二人の女給が愛想や挑発を振りまきながら、客の間を練り歩いていた。


「前は、給仕は三人いなかったかい?」


 女給の一人を呼び止める。女給はなんでもないことのように答えた。


「辞めたんです、結婚するって。だから今、新しい子を募集してるの」

「なるほど。新しい給仕のめどは立ちそうかな?」

「さぁ。でも、張り紙はしてあるから。誰か来てくれるといいんだけど」


 別の客に呼ばれ、女給はそちらに向かっていった。

 どうやら女給の希望は叶えられたらしい。奥から料理人が現れて店主を呼んだのだ。働きたいと言っている子が来た、と。ちょうどレオンヴァルト達は食事を終えて帰るところだったのだが、店主がはたと呼び止めた。


「ランサス様、よかったら一緒に来てくれませんかね? この店は半分ランサス様の物みたいなものですし」

「私は少し力を貸しただけで、店が盛り立てられているのは君の手腕があってこそだとは思うがね。……少しの間でよければ、同席するのもやぶさかではないが」


 懐中時計を確認する。面接を見学していても、予定の時間までには行舎に帰れそうだ。ハイリウスも小さく頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ランサス家が、レティラ領に融資すると決めたのだから。町の改装は進んでいる。 町を作り直すということなら、改装ではなく再開発のほうがよいと思います
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