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この結婚は契約であり  作者: ほねのあるくらげ
第二条

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14/42

妻と家事使用人の距離感は、適当であるべきである。 2

「劣悪な環境だな。しかし想定内ではある」


 柱の影から男達の様子をうかがう。レオンヴァルトは秘書だという男に向かってそう言っていた。院長はそれに気づいていないようだ。また、レオンヴァルト達も、ギルとレーシャには気づいていないらしかった。


「ええ。この分であれば、費用は試算額に収まりそうです」

「上々だ。それに、早速支出を補えるようなものも見つけた。これはいい買い物だぞ」


 買い物とは。やはり彼らの目的は、ギルの予想した通りのものなのだろう。

 少し離れたところから院長に声をかけられ、レオンヴァルトはすぐに雰囲気を切り替えた。朗らかに振る舞う彼は、他の子供達にもあのキャンディを配っている。誰もギルのような質問をせず喜んで受け取っていたが、そのせいかレオンヴァルトは誰にもそのキャンディを宣伝だとも商品だとも言わなかった。

 レオンヴァルトは、遊んでいる子供達の中にちょくちょく紛れている。本を読んでいる少女達に混ざって絵本の内容やおすすめの絵本を尋ねていたり、かけっこをしている少年達を応援していたり。そのせいか案内が進まず、院長は心なしかイライラしているようだ。といってもそれをぶつけていい相手ではないためか、表面には出さないようにしているが。ギルはいつも怒鳴り散らす院長の姿しか知らないので、なんだか新鮮だった。

 子供に今何時かを尋ねて、ようやく「おっと時間が押しているな」と次の場所に移動する始末だ。秘書はそれについて何も言っていなかったが、仏頂面の秘書と楽しげなレオンヴァルトは不思議な組み合わせだった。


「あの人、たのしそうね……」

「んー……。あれは多分、ただ遊んでるんじゃないよ。みんなと同じ目線から、みんなを観察してるんだ」

「そうなの!?」


 識字率、運動能力、時計の見方。立ち振る舞いも見ているに違いない。一人の子供の前でフレーバーを言いながら「友達と三個ずつ分け合いたまえよ」などと指示して渡すキャンディは、数の数え方を確かめているのだろう。そのしばらくあとで秘書が「君達はどの味を、合わせていくつもらいましたか?」なんて複数の子供達の前で尋ねているのは、記憶力と計算能力を知りたいからに決まっている。

 レオンヴァルトがさんざん遠回りをしていたせいで、大人達が院長室に辿り着いたころには夕方になっていた。昼食まで同席するという徹底ぶりだ。レオンヴァルト達は自前のランチボックスを持ってきていたが、彼らに振る舞わないとはいえ立派な客人達の前で子供達にいつもの粗末な食事は出せなかったのだろう。子供達の食事は、珍しくちゃんとしたものだった。

 院長は疲れた様子でレオンヴァルト達を院長室に通す。さすがに中の様子まではうかがえなかったが、隣の部屋の壁にぴったりとくっつけた耳をそばだてていれば会話はなんとなく聞き取れた。もともと安普請の建物だ、どの部屋も壁は薄い。

 案の定、レオンヴァルトはこの孤児院の権利を買いに来たらしい。提示された額に納得がいったのか、院長は全面的に同意しているようだ。揉み手でもしていそうな勢いだった。わざわざここを買いたいなんて稀有な輩もいたものだ。


「ねえ、まだやるの? あたし、もうあきちゃった」

「もうちょっと待って、姉さん。今いいところなんだ。荷物をまとめててもいいけど……まとめるほどの荷物もないか」

「荷物? あたし達、追い出されるの?」

「違う違う。きっと、もっといいことだ。すぐにわかるだろうから、説明するより実際その場に立ち会ったほうがいいよ」


 心配そうな姉に向けて、しーっと口元に人差し指を当てる。レーシャは不安そうにしていたが、ギルから離れようとはしなかった。


「ただ、その前に一つだけ。引き取りたい孤児が二人ばかりいるんだが、よろしいかな?」

「ええ、ええ! もちろんでございます! もはやこの孤児院は貴行のものと言っても過言ではないのですから、どうぞご自由に」

「それはよかった。では、こちらの契約書にサインを」


 壁の向こうのやり取りを聞き、ギルは壁から離れた。これ以上はいいだろう。

 レーシャの手を引き、ギルは自分達に与えられた大部屋に戻った。自分の分と姉の分、ひとつふたつと荷物をまとめて取りやすい場所に置いてから、偶然を装うように廊下で彼らを待つ。レーシャはまだ不安げであったが、ギルのことは疑っていないようだった。

 ほどなくして院長室の扉が開く。たまたま通りかかった(・・・・・・・・・・)ギルとレーシャを見て、レオンヴァルトはにやりと笑った。それは、先ほどまで振りまいていた愛想のいい笑みではない。征服を終えた、狡猾な勝利者の笑みだ。


「それでは行こうか。レーシャ、ギル――君達の才能は、私が直々に金を出すだけの価値がある」

「もしかして、僕達がずっと見てたことに気づいてました? もちろん、喜んでついていきますよ。やったね姉さん、一緒にここから出られるよ」

「えっ? ……えっ? なんで?」


 レーシャは事態が飲み込めていないようだった。「この人が僕らを引き取るんだよ。里親になる気はないと思うけど、衣食住は保証されたんだ」「……なんで?」「それはもちろん、気に入られたからだろうね」まとめた荷物を取りにいきながら説明する。レーシャはぱぁっと顔を輝かせた。

 レオンヴァルト達は孤児院の外で待っていた。秘書によって扉が開けられる。ギルとレーシャも座席に座った。このまま横になって眠れてしまいそうなほどにふかふかだった。


「あの孤児院の子供達は、全体的に教育水準が高い。だが、あの院長達がそんなところに金を割くとは思えなかった。だから誰かがいるはずだ。大人達とは関係なしに、子供達に知恵を与えた誰かが。……君がしたことだろう、ギル」

「そうですね。僕は僕の知っていることをみんなに教えていました。もちろん僕の知識の全部は伝えきれなかったし、僕と同じような考え方をしてくれる人もいませんでしたが」


 流れる窓の景色を眺めながら、レオンヴァルトは不意に口を開いた。眼前の不思議な資産家、そして隣に座った不気味な秘書に怯えているレーシャを庇うように、ギルははっきりと答える。 


「教えていないことを子供達が知っていても、それで里親が喜ぶのだから職員達は気にはしていなかったのだろう。悪知恵がつくと困るが、一般教養レベルならむしろ勝手に覚えてくれていれば儲けものだ」

「だから、孤児ごと孤児院を買い取ったんですか? 売り物にしやすかったから?」

「ありていに言えばそうなるな。君のおかげで彼らの教育費が多少浮いたよ。新しくあそこに入所する子供達の教育にもすぐ取り掛かれる。……なに、悪いようにはしないさ。ただ、優秀で忠誠心のある人材が欲しくてね。そういうものは、自分の手で育てたほうが手っ取り早く正確に手に入る」


 きっとこの男は、あの孤児院を今とは真逆の施設にするつもりなのだろう。劣悪な環境を変えた救世主。孤児達がレオンヴァルトとランサス銀行を盲信する未来はすぐに見えた。

 まっとうな環境でまっとうな教育を受けた子供達は、健やかに大きくなって社会を動かす歯車に変わるだろう。頭脳面にせよ肉体面にせよ、貴重な労働力だ。どんな形であれ、彼らが巡り巡ってランサス銀行に報いるような働きをするのは想像に難くなかった。


「なるほど。貴方に来ていただけて幸運でした」

無能な魔人(・・・・・)がいる孤児院があるとの噂を聞いてね。それがこの孤児院を知るきっかけだった。……智慧はもっとも隠しやすくわかりづらい刃だ。本当に賢い者は、ごく一部の者にしかその叡智を理解されないし、自分の叡智をひけらかすことの危険さを知っている。相手の許容範囲にまで落とした言葉だけであれば、伝えることはできるが……叡智の精度は格段に落ちるだろうね」

「別に無能を演じていたわけではないですよ? 気味悪がられるので、大人の前ではあまり喋らないようにしたり、他の子供達と同じような振る舞いをしたりはしてましたけど。実際僕は、目に見えるようなわかりやすい力があるわけでもないんです。僕にできることが何故みんなできないのか、不思議なくらいですね」


 自分は人よりも頭がいいと、ギルが気づいたのは果たしていつだったか。

 そばにはいつも、泣き虫で強がりな姉がいた。古い記憶を辿れば、母親が死んだということだけぼんやり思い出せる。父についてはてんでだめだった。

 周りと違う肌の色と髪の色からこの国は自分達姉弟のルーツではないとすぐわかり、子供だけでは生きられないと答えを出した。そして流れるようにして、似たような境遇の子供達が集まる孤児院に入れられた。

 人と違う特異な瞳を持つギルを、大人達は魔人と呼んで不気味がり、子供達もそれにならって爪弾きにした。味方は姉のレーシャだけだった。

 このままではまずいと、居場所を作るためにとりあえず子供達を服従させた。大人は町の人間も含めれば数がとても多くて面倒だし、彼らを従えるほどの利益も提示できなかったので、おだてて気持ちよくさせる方向で行くことに決めた。うまく持ち上げて操って、環境の改善までは及ばずとも少なくとも自分と姉にだけは今より悪いことが起きないようにした。

 そしてこの瞳は今、このレオンヴァルトという変わった資産家に見つけてもらうための目印になった。すべて魔人(てんさい)に生まれたからこそだ。まったくもって運がよかった。 


「君の知能は、十分異常に見えるがな。見たところ、まだ四、五歳……いや、栄養不足であることを加味すれば六歳ぐらいか? その年齢で、ここまでの受け答えができる子供はそういない。最初に私の前で擬態を解いたのは、私を試したかったからだろう? 突然現れた身なりのいい若い男が、一体何者なのか」

「ご想像にお任せします」


 笑い合うレオンヴァルトとギルとは対照的に、レーシャは震えている。秘書がこほんと咳をした。


「おっと、すまない。これまでの話はこのぐらいにして、これからの話をしよう」

「これから? あ……あたし達、どうなるの……?」

「ひとまずは私の屋敷で暮らしてもらうことになるだろうな。まずはレーシャ、君の歌は粗削りながらも人を惹きつける魅力がある。これだけの原石を市井に埋もれさせておくのは惜しい。どうだろう、私のもとで音楽の勉強をしてみないか?」

「……べんきょうしたら、何があるの?」

「大きなステージに立って、大勢の人の前でたくさん歌えるようになる。そのための支援は惜しみなくするが……軌道に乗るまでは、うちで使用人として雇ってもいい。君には離れの屋敷の一室を与えよう。ギルと一緒にいたいなら、ギルにもそちらの部屋を与えようじゃないか」

「すてき……! たのしそうね!」


 レーシャは目を輝かせているが、その手はぎゅっとギルの手を握っている。未知の男についていく恐怖より、華々しい未来の姿と、弟が一緒にいる事実による安心感が勝ったようだ。


「それからギル。君には私の持つあらゆる技能や知識を教えるから、それをもって我が家の次期当主を支えてほしい。次期当主は君達よりも年下の、女の子だ。できることなら君達には、彼女の友達になってやってもらいたいんだが」 

「へぇ……。面白そうですね。その役目、喜んでやらせていただきます」


 ギルとレーシャを乗せた馬車はゆっくり進む。まだ見ぬ新たな居場所と、顔も知らない友人を目指して。


* * *


「――というのが、僕達姉弟と旦那様の出会いですね。そのあとお屋敷(ここ)に連れてこられて、庭園でスケッチをしているお嬢様と引き合わされたわけです。大体四年ぐらい前のことでしょうか」

「まさか、レオン様相手にも試すようなことをやっていたなんて……」


 道理で自分への振る舞いが許されるわけだ。シャルリアは小さくため息をつく。メルツィスカも困ったように微笑んでいた。


「初めて会った相手がどんな人なのか、気になるじゃないですか。第一印象なんて、後でどうとでも取り繕えますから」

「あら、難しいことを平然と言うのね?」 

「そうでしょうか? 僕はできますので」

「そういうところよ貴方」


 廊下でばったりギルに会ったのは、クリスフィアに贈るお返しの品についてメルツィスカとああでもないこうでもないと言い合っていた時だった。

 思わずうっと顔をしかめたシャルリアだが、事情を知らないメルツィスカの「お嬢様のことはギルが一番詳しいですわ!」という言葉に「何の話ですか? お嬢様がどうかしましたか?」とギルが食いついてしまったのが運のつきだった。

 立ち話もなんだから、とメルツィスカがあれよあれよという間にお茶の支度をしてしまったため、シャルリアも腹をくくったわけだが。そんなシャルリアの複雑な心境を察したギルが語り出したのが、先の身の上話というわけだ。雇われた時点ですでにそういう気質だとレオンヴァルトにも納得されていたようなものなのだから、もうギルの振る舞いについてはそういうものだと諦めるしかない。


(それならそうと、事前に教えてくれたっていいのに……。いえ、ギルがここまでわたくしにかかわろうとするとは思わなかったのかしら)


 あるいは、レオンヴァルトのこれまでの妻達は使用人と積極的にかかわろうとしなかったのかもしれない。一緒にクリスフィアへの贈り物を考えようとメルツィスカに声をかけた時、彼女は嬉しそうにしていた。それは、クリスフィアとシャルリアの仲が修復不可能なほどのものではないと把握したからだと思ったが……女主人から頼られて、嬉しかったからでもあるのだろうか。


「これでも結構自重はしていたんですよ? 一番目の奥方も二番目の奥方も、旦那様が選んだんだからとりあえず大丈夫なんだろうとしばらく静観してたらあのざまです。一線は越えないように全力で手は回しましたが……旦那様の基準で選ばれた人が、善良な人であるわけがありませんでした。旦那様はやっぱり人を見る目がないんだなって再認識したので、三番目の奥方は僕が直々に見定めておこうと思いまして。人間を損得勘定だけで測ってはいけないんですよ」

「それは貴方が言えたことじゃないと思うわよ?」 

「痛いところを突きますね。それは確かにそうなんですが」

「それと、何気にわたくしにも失礼なのはちゃんとわかってらっしゃるの?」

「やだなぁ、奥様については褒め言葉です。奥様みたいな方は、血の通った人間らしくて素敵だと思います」

「褒められている気がまったくしないわ!」


 なんだろう、どっと疲れた。


「まあまあ。僕としては、お嬢様への贈り物を何にするか少しでも悩んでくれるような方が女主人でいてくれてよかったと思っていますよ。これは本音です」

「……」

「お嬢様は絵を描くことが好きで、綺麗な花とおいしいお菓子と甘いドレスと、ふわふわのぬいぐるみが好きです。お嬢様への贈り物と言えば、大体これですね」


 クリスフィアの嗜好については、メルツィスカも言っていたことだ。二人で色々話して結局ぴんとくるものがなかったからこそギルを頼ったというのに。ずばりこれだと言い当てられなかったからか、メルツィスカも若干残念そうな顔をしている。


「けれどこのどれもが、お嬢様の好きな時に旦那様から望むだけ与えられるものです。僕や他の使用人も、贈ろうと思えば贈れるでしょう。つまり何が言いたいかと言いますと」


 しかし彼の言葉はそれで終わりではなかった。そこで言葉を区切り、ギルはにやりと笑う。


「あの子には、誰もが贈る物(・・・・・・)か、絶対贈られない物(・・・・・・・・)を贈ればいいんです。前者であれば間違いがなく、後者であれば一種の賭けになります。どちらを選ぶかは、奥様のお好きなようにしてください」

「……結局、自分で考えろってことじゃない」

「おや、そちらを選びますか。……奥様の選んだ品、楽しみにしていますよ?」


 やっぱりこの子は食えない子だと、シャルリアはもう一度ため息をつく――――けれど、一つだけ思い浮かんだものがあった。

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