胸騒ぎの予感
その後。さっきみたいにポスターを見ていて何か閃かないかしら、とビアンカは首をめぐらせた。
兵庫県と言えば城崎、有馬温泉。
そして連鎖的に思いだした。確か島根県にあるどこかの温泉地では、かつて町全体がゴーストタウンのような状態だったのに、ある時から特に女性客が急増して、活気を取り戻したという。
スマホを取りだして検索してみると、それは【玉造温泉】のことだった。
島根県ならそれほど遠くない。
よし! 視察に行ってみよう!!
ビアンカは立ち上がって、一度、広島に戻ることにした。
美咲に電話をすると、まだ病院にいるという。
神戸を離れて広島に戻り、再度安芸総合病院へ向かった。
我ながらタフだわ、と思いながら。
それにしても。今朝も思ったけれど、なんだか院内がざわめいている。
警備員はウロウロしているし、県警の職員もちらほら見かける。
賢司の病室に行こうと思い、エレベーターで特別病棟のある11階に到着した時だ。
ナースステーションの前に制服警官が立っていた。
彼はビアンカを見ると、
「どちらへ?」
「……藤江賢司さんのお見舞いです」
「お名前は?」
何か重要な事件でもあったのだろうか。
気分は悪いが、逆らうこともしないでおこう。
正直に答えつつ、ビアンカは見舞客が記入する用紙に必要事項を書きこんだ。不意に手元からボールペンが離れてしまい、床に落ちる。
制服警官がそれを拾ってくれ、手渡してくれる。
礼を言ってそれを受け取った時、ビアンカはなぜかひどく、胸騒ぎを覚えた。
「……何か?」
「なんでもありません」
ビアンカはそそくさとその場を離れ、病室に向かった。
今のはなんだろう?
まるで、心臓を鷲掴みされたような気分がした。嫌な汗が流れだした。
悪い予感がする。
今に何か、悪いことでも起きるのではないか……と。
※※※※※※※※※
「え~、被害者の名前は山中恵美。え~佐伯区にある、あ~市民病院の看護師であります。年齢はえ~、25歳……事件当夜は終業後、少し寄るところがあると同僚に話しており、あ~……勤務先を出たのが午後8時……」
なんてしゃべりの下手な人かしら。
結衣はイライラして叫びたいのを必死で堪えつつ、可部署の刑事課長の説明を聞きつつ、メモを取った。
一言口にする前に「あ~」とか「え~」とか挟む人は、ちゃんと頭の中で話がまとまっていない証拠だと聞いたことがある。
2人目の死者が出てしまった。
すぐに、警察の失態だとマスコミが騒ぐことだろう。上はみなピリピリしている。
「死因は腹部を鋭利な刃物で刺されたことによる、失血性ショック死。その他に全身に擦過傷多数。殴打による内出血等も見られました」
と、報告した鑑識員はきちんとまとまった話をしてくれた。
それにしても……。
なんというひどいことをするのだろう。結衣の中で義憤が沸いた。
まだ若く、綺麗な女性である。
その上おそらく、友永をあんな目に遭わせたのも同じ連中に違いない。
絶対に捕まえるから!!
「え~、まずは目撃者探し、それからえ~……」
とうとう苛立ちを抑えきれなくなったらしい大石捜査1課長が、マイクを奪って叫ぶ。
「ええか!! ワシら警察の威信にかけて、何が何でも犯人を捕まえろ!!」
はいっ、と捜査員の声が響き渡る。
「それから、じゃ!! 本件は今後、全面的に倉橋の班で扱ってもらうけぇな」
えっ?
結衣は思わず耳を疑った。
捜査1課強行犯係には複数の班が存在する。倉橋というのは、高岡警部と同じ地位にある警部だ。
「どういうことですか?!」
と、早速、課長に噛みついたのは和泉である。
「どうもこうも、お前らは援護に回れ。余計な口を出したり、手を出したりするのは禁止じゃ!! 黙っておとなしゅう地取りに回っとれ!!」
地取りとは現場周辺の聞き込みのことで、新人刑事や一時的な手伝いで参加する捜査員に割り当てられる役割であるとされている。
それに対し鑑取りと言われる、被害者の交友関係などを洗いだす仕事は、やはり捜査の中核をなす捜査員達が受け持つこととなる。
「ええか。勝手な真似はするな、くれぐれも、ワシの胃にこれ以上、穴を空けるな!!」
課長はそう怒鳴りつけて、さっさと会議室を出て行く。
「あのタヌキ……」
和泉が腹立たしげに言うのを聞いて、結衣もまったく同感だった。
「お前達、行くぞ」
冷静にそう言ったのはやはり、班長である。
「聡さん……!!」
「落ち着け。それともお前は、地取りなんて自分の仕事じゃないと思っているのか?」
和泉は黙ってしまった。他の面々も口にも出さないが、気持ちはたぶん一緒だ。
「課長の判断は正しい。俺達は今、たぶん冷静じゃない」
あ、そうか。
「身内が被害者になった場合、基本的には捜査に参加できない……そうだな?」
そうだ。
一命を取り留めたとはいえ、友永だって立派な被害者だ。
「友永の仇打ちは、犯人逮捕って形でできるだろう?」
「友永さん、まだ生きてますよ?」
笑い事ではないのだが、思わず結衣は頬が緩みそうになるのを感じた。
「眼が覚めたら、あれこれ目撃情報を話してくれることでしょう。そう考えるとまぁ、楽な仕事ですよね」
和泉の軽口に、その場にいた全員がホッとしたようだった。




