どちらさまですか?
友永が店を出るとすぐに、携帯電話に着信があった。知らない番号だ。
しばらく無視していたが、相手もあきらめない。
仕方ないので着信ボタンを押す。
「友永です」
『あ、あの……警察の方ですよね?』
誰だ?
「どちら様?」
『渋沢と言います。篠崎智哉の父親です……』
若い頃はきっと、今の智哉とよく似ていたに違いない。
医師の仕事が大変なのは容易に想像がつく。不規則な生活が続き、夜中でも叩き起こされて、患者の治療に当たるのだろう。
眼の下には隈ができており、頬がこけている。疲れた顔をしていた。
智哉の父親だという前提で見れば、かろうじて納得できる。
友永は目の前に座る男を見てそんなことを考えていた。
「……それで、お話というのは?」
篠崎智哉の実の父、渋沢憲明から連絡があった。
話したいことがあるので来て欲しいと言われて落ち合ったのは郊外のショッピングモール。
モールの片隅にあるコーヒーショップで向かい合うと、彼は温かいココアをひたすらかき回しながら、なかなか話を切り出さないでいる。
段々とイライラしてきた。
これが智哉だったら、決してイラつくことはないのだが。
「あの、息子が大変お世話になっているそうで……」
息子だと? 確かに血のつながりで言えばそうかもしれない。
だけど。この男は智哉の父親であることを放棄して、さっさと他の女と別の家庭を築き、他の子の父親をやっているのだ。
その事実そのものがどうこうというよりも、智哉から未だに、どこか距離を置かれているのではないかと感じてしまう自分にしてみれば、理不尽な苛立ちを感じてしまうのである。
無性に煙草が吸いたい。
が。一度禁煙に成功してしまってからは、煙草そのものを持ち歩かなくなった。
仕方ないので友永は熱めのミルクティを一気飲みした。
「で? 用件は」
つい、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「まさかとは思うんですが、最近の事件に関連してもしかして、と思うところがありまして……」
渋沢は言いにくそうにもじもじと、テーブルの上で手を組んだり開いたりしている。
「最近の事件って何です? あれやこれやいろいろあり過ぎて、具体的に話してもらわないと、こっちも困るんですよ」
いけない。つい、口調に苛立ちが滲んでしまった。
「ほら、あの。医療関係者ばかりが狙われるっていう事件ですよ」
友永にはすぐピンときた。
彼は医者だ。
今度は自分が襲われるかもしれないと、怯えているのだろう。
だから警察官である自分に助けを求め、こうして呼び出してきたのだ。
どうやってこちらの連絡先を知ったのかは、想像に任せるしかないが。
黙って話の続きを促す。
「僕はもう辞めた人間ですし、利害関係もありませんからお話します。市内のほとんどの病院で使用している薬の大半は藤江製薬の薬品なんです。だけどあの会社は以前、データの改ざんをして問題を起こしたことがあるんですよ。副作用で薬害治療を続けている人も何人かいて、中には亡くなった方も……いたそうです」
「藤江製薬……」
友永の頭に智哉の友人であるあの少年の顔が浮かんだ。
「なんで今になってかはわかりませんが、もしかしたらその時に被害に遭った人が復讐のために……いや、勝手な推測に過ぎませんけどね」
「そうだとしたら、なぜ医療関係者全般なんです? 被害者は医師だけにとどまらず、看護師から助産師にまで広がっているんですよ。藤江製薬の製品に恨みがあるのなら、製薬会社の社員を狙うのが筋ってもんでしょう」
「……」
「あんた、何か隠してませんか?」
友永は渋沢を真っ直ぐに見据えた。
相手は目を逸らして、
「べ、別に何も……隠してなんて……」
しばらく沈黙が降りた。
「申し訳ないんですが」友永は立ち上がった。「現時点ではあまりにも情報が少なすぎる上に、自分一人でできることなんて限界があります」
完全な八つ当たりだ。
たぶん、自分は嫉妬している。この男に。
血のつながりというだけで無条件に智哉の関心を集め、その身を案じてもらえるであろうことに。
「でも……」
肝心な時にはっきりしないのは父親譲りか。
「こっちも忙しいんでね。つまらない憶測を聞かせるぐらいなら、もっと根拠のある実のある話をしてくださいよ」
その時だった。
「そんな言い方しなくたっていいじゃないですか!!」
若い女性の声が響いた。
誰だ? 友永はあたりを見回した。
「あなた、警察の人でしょう?!
セミロングの黒髪に、すらりとした長身。
初めて見るその女性は怒りを顔に浮かべ、こちらに詰め寄ってきた。
「私達は、今度はいつ自分が狙われるかって、いつまで怯えていなきゃいけないんですか?! 警察の人が一刻も早く犯人を捕まえてくれれば、そんな心配しなくていいんですよ!! わかってるんですか?!」
恵美、と智哉の父親が宥める。
再婚相手だろか?
気の強い女だ。
息子を見ているとわかるが、彼はきっと女性に押し切られるタイプだろう。
「刑事さんでしょう? 何でも、誰でも疑うんでしょう?!」
これには友永も苦笑するしかなかった。
ふと時計を見る。
午後8時を過ぎた頃だ。
「わかりました。いただいた情報についてはよく精査してみます。それと……ついでだから、ご自宅までお送りしましょう」
友永は最近買ったばかりの車の鍵を取り出してみせた。
これぐらいのことはしてやる。
曲がりなりにも智哉の実の親だからな。
あとのことは知らないけどな……。




