なんだか嫌な予感がする
午後10時半。
あと30分ほどしたら、行動を開始してもいい頃だろう。
周がメールをくれていたことに和泉はつい先ほど気付いた。開いて読んでみると、例の彼女もどきだという女性の母親が賊に襲われて重傷を負わされたことが書かれていた。
一刻も早く犯人を捕まえてくれ、とその娘から泣きつかれて困っている、と。
「……ねぇ、葵ちゃん。最近、立て続けに起きてる医療関係者ばかりを狙った傷害事件って、何か裏があると思う?」
しばらく間を置いて、彼は答えた。
「よくわかりませんが……きっとあると思います」
だよね、と和泉は相槌をうつ。
「僕の推測だけどね。北条警視も同じこと言ってた。もしかしたら支倉が指示を出して、未来のチンピラ達に腕試しをさせてるんじゃないかって」
「まさか……」
「被害者が全員、医療関係者だっていう点はさて置いとくとしても。要するに、僕ら警察に対する挑戦みたいなもんじゃないかな」
時々、小説やドラマで【警察に対する挑戦】と称し、無作為に被害者を選び出しては殺人を繰り返すというテーマの話は確かに存在する。
しかしそれはあくまでフィクションであり、現実には起こり得ない……そう思っていた。
だが。北条から聞いた話を総合してみると、だいぶ真実味を帯びてきた。
「言ってみればサイコパスか、テロリストみたいなものだよね。暴力に対する耐性をつけさせて……そのうち、殺人すら何とも思わなくなる人間を育てようとでも考えているのかもしれない」
実を言うとそれは北条からの受け売りそのままなのだが、そこはあえて言わなくてもいいだろう。
「……和泉さん……それは、確かなのですか?」
「だから、推測だって」
駿河は黙り込んでしまった。
彼のことだ。そうであれば一日も早く犯人を捕まえなければ、もっと被害が増え広がる。
そんな心配をしているに違いない。
「実は周君の知り合いの女の子のお母さんがね、被害に遭ったそうなんだよ」
「……だからですか、あの子が電話をしてきたのは」
そうみたいだね、と答えてから、
「気になったからちょっと調べてみたんだけどね……被害者は全員……」
その時だった。
きらり、と視界の端で何かが光ったような気がした。
「……和泉さん?」
「気のせいかな? ごめんごめん。それよりさ、ひとまず部屋の中を検分してみない?」
部屋の中に置かれている調度品はどれも、高価な物であろうことは想像がつく。
和泉はまったく美術品に詳しくないが、父方の祖父が好事家だった。金に糸目はつけない、という勢いであれこれと買い漁っていたことを思い出す。
幼い頃からいわゆる【本物】を見てきた和泉にも、それなりの鑑定眼はあると自負している。
しばらくあちこちを検分してみたが、これと言った物証は見つからない。
「ルミノール反応でも出たら、立派な物証になるんだけどな……」
何か気になることがあるのか、駿河が膝をついて畳の上を滑るように移動し、掛け軸をめくっている。
和泉も彼の隣に移動し、まじまじと検分してみる。
しかし裏側は何の変哲もない壁である。
仮に血が飛び散っていたとしても、綺麗に拭き掃除がされていることだろう。
それこそ鑑識が本格的に調査すれば、例え拭きとられていたとしても、はっきりと血の跡が浮かび上がるのだろうが。
あの子、電話してすぐに来てって言ったらたぶん、来ちゃうだろうな……。
和泉は鑑識課に所属する、ややキツイ顔立ちをした女性職員の顔を思い浮かべた。
「ここであった事件の一部始終を収めている動画が、他にもあるのだとしたら」
不意に駿河が言いだした。「もしかすると何枚かコピーされているかもしれません。それこそ、自分にもしものことがあった時の保険として」
相棒の言葉に和泉はふと、思うところがあった。
「もしも、だよ」
和泉は天井を見上げながら髪の毛をかき回す。それは彼が考え事をする時の、無意識の癖なのである。それから、思いつきを口にしてみる。
「女将を殺害したのが、斉木晃ではなくて……支倉だったとしたら? あの2人はもう長い間、恋人同士だったんだよね? そして、どうもあの動画から察するに、女将は2人の関係をひどく嫌悪していた。速攻で別れろ、って言われて腹を立てたか……」
「でも、和泉さん。支倉はいい加減、斉木晃には疲れたと愚痴っていたと……そんな話を聞きませんでしたか?」
「覚えてるよ。でも、女将の失踪騒ぎがあったのは、それよりもずっと前の話だから」
そうでしたね、と駿河は気まずそうに目を逸らした。
そのうち、初めは冗談だったのだが、本当に忍者屋敷のような仕掛けがあるかもしれないと和泉は考え始めた。
仮にそんなものがあるとしたら、おそらく殺人事件におけるアリバイトリックなんていうものではなく、麻薬取引のために作られた秘密の場所に違いない。
畳の裏か、天井裏か……あるいは、壺の下に隠し階段か。
その時だ。
不穏な空気を感じ取り、和泉は咄嗟に駿河を抱き寄せ、畳の上に2人そろってうつぶせになる。
ひゅんっ! びぃぃぃーん!!
普段、あまり耳にしない音がした。
膝をついて身を起こし、振り返ると壁に弓矢が突き刺さっていた。
「……」
和泉は舌打ちし、ハンカチを手に弓を壁から抜いた。
「冗談じゃない。今は平安時代じゃなくて、平成だよ? 弓矢って、時代錯誤もいいところ……まさかこれ、矢尻に毒が塗ってあったりとかして」
「いったい誰が、こんなことを?!」
「決まってるよ。葵ちゃんが言ったんじゃないか。この島は、斉木のクラスタが半数を占めてるって」




