なんでそんなこと聞いちゃったんだろうね
風呂から上がって部屋に戻ると、既に布団が敷かれていた。
それを見た途端に眠気が襲ってくる。
起きていないと。
こんな時、基本的に無口な男と一緒だと困ってしまう。
どうでもいいおしゃべりに花を咲かせる相手なら、適当に聞き流しながらも【雑音】と脳が認識して、睡眠を妨げてくれる。
仕方ない。ここは自分から話題を振るしかない。
「ねぇ、葵ちゃん」
連れて来た相棒は黙ったままずっと、スマートフォンを眺めていた。
彼のことだ。娯楽関連のサイトなどを見ていた訳ではなく、仕事関連の情報を集めていたに違いない。
はい、と短い返事。
「……一つ、聞きたいんだけど……」
「なんでしょうか?」
ふと思った。彼はきっと、厳格な父親に育てられたに違いない。
そもそもお坊ちゃまだという話は聞いている。別に無理をしているとか、お堅い自分を演じている訳ではなく、それが【素】なのだろう。
もし同じ班の仲間でなければ、自分とは一生縁のないタイプだっただろうと思う。
「やっぱり今でも、美咲さんのことが好き?」
ぴく、と強い反応があった。
彼はスマートフォンを畳の上に置き、こちらを真っ直ぐに見つめ返してきた。
「そんなことをお訊ねになって、どうなさるんですか?」
「どうもこうも、僕はただ……」
ただ、なんだろう?
彼の幸せを願っている?
その気持ちに偽りはない。
駿河は相変わらずの無表情、何を考えているのかわからない、感情のこもらない瞳でこちらを見つめてくる。
そうかと思ったら、
「そうだ、と答えたら何か協力していただけるんですか?」
いつにない刺々しい口調である。
恐らく苛立っているのだろう。
先ほど、あのおしゃべりで世話好きな元刑事が、余計なことを言ったからだ。などと和泉は胸の内で自分のことを棚上げしていた。
「……ごめん」
他に言うことが見つからなかった。
和泉はただ、それだけを口にした。
もしかすると彼はまだ疑っているのかもしれない。
かなり前だが、訊かれたことがある。
『美咲のことが好きなのか』と。
もちろん、彼女に対して好感は抱いている。
ただ、それは彼が危惧するのとはまた別の感情だ。
彼女は亡くなった母を思い出させる。
ほとんど記憶などないが、父と母、自分の3人家族で、幸せに暮らしていた頃のこと。
父が亡くなり、母が幼かった自分を連れて苦労した思い出。
滅多に愚痴を口にしたりする人ではなかった。
母のために強くなろう。
身も心も。
できることなら、笑って欲しいから。
そう決めたあの頃を思い出させてくれる……彼女はそういう意味で貴重な存在だった。
「……僕の方こそ、申し訳ありません……」
駿河はやや俯き加減に、そう口にする。
「あのさ。こればっかりは本当にホントだよ? 僕が一番好きなのは周君だからね」
「……」
「美咲さんは周君の大切なお姉さんでしょ? だから、彼女のためなら何でもしてあげたいって思う訳。そうすれば周君が喜ぶ、イコール僕に感謝するでしょ? そうすれば好感度アップ間違いないじゃない」
半信半疑と言ったところだろうか。
実際、あの子に癒されたことは一度や二度じゃなかった。
純粋で素直で疑うことを知らない。
それは裏を返せば考えなし、とも言えるのかもしれないが。それはそれとして、そんな彼の真っ直ぐさが、ダイレクトに心に響いた。
あの子のことは信じられる。聡介と同じぐらいに。
「ま、信じるか信じないかは葵ちゃんの勝手だけど」
和泉はちらっと駿河の顔を見た。
すると。
彼は微笑んでいた。
和泉は驚きに、思わず目を丸くしてしまう。
「……わかりました……和泉さんを、信じます」
写真に撮っておけばよかった。




