勝手に人のスマホを見てはいけません
旅館に到着した。
本館を通り抜け、離れへの道のりを歩く。距離にして約500メートル。
渡り廊下を歩いていると、左右に広がる丁寧に手入れのされた日本庭園が視界に入ってくる。
平時ならその美しさを楽しむこともできただろう。
すっかり日も暮れた真っ暗な中で、ところどころに設置されたイルミネーションが光り輝いている。
石灯籠にはぼんやりとした灯りがともっている。
まさかこの中にボウガンの矢だとか、凶器が仕掛けられていたりしないだろうか。
駿河はすっかり疑心暗鬼に陥っていた。
本来の目的ではないとはいえ、せっかくだから風呂に入ることにする。
大浴場は本館の方にあるが、行き帰りが面倒だし寒いので、駿河は部屋に備え付けてある風呂に入ることにした。
寒いけど大浴場に行ってくる、と和泉は言う。
「葵ちゃん、一緒に入ろうか?」
とりあえず無視。
一息ついて、今日のことをあれこれ思い出して考え事にふける。
なぜ影山がやって来ていたのか?
斉木晃がクレームを入れたにしても、わざわざ監察官が自ら乗り出してくるとは少し考えにくい。
それからふと、思い出したことがあった。
年末年始にかけて起きた事件の際、関わっていた警察官の供述にあった。
『元はと言えば、影山を仲介して支倉と知り合った』と。
つまり、あの男は暴力団関係者とつながりがあるということだ。どういう経緯で知り合ったのかはわからない。
いずれにしても、あの男が【敵】であることに変わりはない。
面倒なことにならなければいいが。
そして……つい、連鎖的に美咲のことを思い出してしまう。
駿河は首を横に振った。
あれこれ考えたところで、過去を取り戻せるわけじゃない。
風呂から上がると、和泉の姿はまだ部屋になかった。
駿河が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとした時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
自分のではない。恐らく和泉だろう。
冷蔵庫の扉を閉め、彼の荷物の近くに寄ってみる。ディスプレイに表示されている名前を見て、駿河は無意識に着信を押してしまった。
『あ、和泉さん? 俺、周だけど……』
「……」
『もしもし、今、平気?』
「和泉さんなら、今は風呂だ」
電話の向こうで明らかにぎょっとした様子が、目に見えなくても伝わってくる。
『な、な、なんで……? なんであんたが、和泉さんの電話に出るんだよ?!』
「……一緒にいるからだ」
『……??? それ、どういう……?』
かなり動揺している。おもしろくなってしまった。そこでつい、余計なことを言ってみようかという悪戯心が沸いてしまう。
「今、和泉さんと2人で宮島に来ている」
仕事じゃない、とかプライベートだ、とかいろいろ言えただろうが、元々口数の少ない彼にはこれが限界だった。しかし、周の驚愕を誘うには充分すぎるほどだったらしい。
しばらく電話の向こうが無言になった。
『……なんで……?』
「それよりも、何の用だ? 僕から和泉さんに伝えておくが」
再び、沈黙。
『だったらいい! また別の時にするから!!』
いきなり通話は切れた。
なんなんだ……。
駿河がスマートフォンをカバンに戻そうとした時、
「あーおーいーちゃん」
後ろから和泉の声が聞こえた。
「何してるのかな~? 別に僕、浮気なんてしてないけど」
「たった今、周から着信がありました」
素直に本当のことを話すと、和泉の顔色が変わった。
「なんでもっと、早く教えてくれないの?!」
勝手なことを言う。
アホらしいので駿河は自分のスマートフォンを操作しつつ、時間を確認した。
調査のために動くとしても、旅館の営業が一段落してからだ。
仲居達がその日の仕事を終えて、従業員寮に戻ったり、退社する時間はどこの旅館ほぼでも同じことだろう。美咲はいつも、午後11時を過ぎたぐらいからでなければ連絡が取れなかった。
夜はまだ長い。
今は少しだけ、身体を休めておこう。




