進路指導の先生だって困るよな
「ねぇねぇ周君、知ってた? 賢司さんって『神童』って言われてたんですって。頭もいいし、運動神経もいいし、何をやらせても器用にこなす子供だったんですって」
車に乗り込むと、美咲が嬉しそうに話し出した。
どうやら由子さんと少し話せたらしい。
彼女はあまりおしゃべりな方ではない。
そこはやはり、長年客商売をやっているせいだろうか、姉は上手く話を引き出したようだ。
「わかる気がするなぁ。賢兄って器用だもん。父さんも自慢の息子だったんだろうな」
今は亡き父のことを思い出しながら周は言う。
「悠司ぼっちゃまは、お二人とも自慢にしておられましたよ」
周が賢司に引け目を感じているとでも思われたのだろうか?
由子さんは少し強い口調でそう言った。
驚いた顔をして黙っていると、すみません、と小さな声が聞こえた。
それからふと周は、疑問を口にした。
「……由子さんは、俺達の母さんのこと知ってる?」
俺の、ではなく俺達の、と言ったことに彼女は気付いているだろうか。
ごく幼い頃、何度か写真で見たことのあるだけの母親。
雰囲気がやはり姉に似ている。
よく似た母娘ならきっと、産みの母親の人柄についてはなんとなく想像がつく。
「ええ。一度だけお会いしたことがあります……」
「ひょっとして賢兄の母親に、父さんと『別れてください』なんて言いに来たとか?」
由子さんは首を横に振る。
「悠司ぼっちゃまがお連れになったのです。奥様を交えて、今後のことをお話し合いなさるのだと仰って」
父も無謀なことをするものだ。
周の記憶にある限り、兄の母親はとてもそんな話し合いに応じるタイプではない。
あの人は少し、いや……確実に心を病んでいた。
ひどく落ち込んだ様子で、ロクに物も食べない日があるかと思えば、人が変わったかのようにハイテンションな時もあった。
それでいて時折感情的に大きな声で喚いて、それにも飽きると物を投げつけてくる。およそ理屈の通らない人物だった。
ただ一貫していたのは、周の存在をひどく疎んじていたということだけ。
今にして思えば彼女はきっと、父を独占したかったのだろう。
それは妻であれば当然の感情だろうとは思う。
愛する夫が他の女に産ませた子供に対して、どんな気持ちを抱いていたかなんて。
苦手な数学の問題を解くよりもずっと簡単だ。
「その時は結局、どうなったの?」
「……奥様は姿を見せませんでした」
交渉決裂。というよりも、交渉の場にさえ出て来なかったということか。
「賢兄は?」
「賢司ぼっちゃまは……ご両親のことだから、と何も仰いませんでした」
「由子さんはどう思った?」
「私、ですか? 私などが、よそ様の家庭のことに口出しなどできません」
「でも父さんは、由子さんのことすごく信頼してたよ」
微かに由子の顔に笑顔が浮かぶ。
それにしても、ふと周の頭に疑問が浮かんだ。
「今後のことって、父さんはどうするつもりだったの? 一度だけ、新里のおじさんから聞いたことがあるんだ。賢兄のお母さんと別れて、俺達の母さんと本気で再婚するつもりでいたんだって。でもね……」
だったら、賢司のことはどうするつもりだったのだろう?
「悠司ぼっちゃまの願いは……兄弟で仲良く暮らすこと。ただそれだけでした」
いろいろな意味にも取れる回答。
後は自分で考えろ、ということか。
それよりも今は進路のことだ。
「ねぇねぇ、由子さん。あのね……」




