マッスルの人って、冬でも薄着よね……。
「で、ガイシャの身元だが……これと言って身元を証明するようなものは持ち合わせていなかったが……」
「身元なら、わかります」
そう言ったのは駿河であった。
結衣は驚いて彼の横顔を見た。
「……知っている人間か?」
「顔と名前だけは。原田節子さん……だと思います」
どうして知っているのかしら? そう考えてふと、そう言えばこの女性をどこかで見たかもしれない、と結衣も思った。
だが。思考を遮るかのように、ドン、と誰かが肩にぶつかってきた。
「あ……悪ぃ」
友永が真っ青な顔をして、どこかへフラフラと歩いて行こうとする。
白い手袋をはめた手で口を抑え、今にも吐きそうな様子であった。
そして彼はブルーシートの端の方にうずくまってしまう。
どうしたのだろう?
今までどんな現場を見ても、あそこまで動揺したことはなかったはずだ。
「とにかく、全員で協力して現場周辺の聞き込みに回ってくれ。葵、お前は……」
彼は無言で頷き、友永の方へ歩いて行く。
ここの事件現場を管轄するのは広島北署である。
刑事課強行犯係の班長だという刑事は言った。
「あんたら所轄の者らと組ませても、いつの間にか勝手に行動するって有名じゃけん、初めからいつもの顔ぶれで組んでくれ」
というわけで。
結衣は日下部と組んで地取りに出かけた。気楽でいい。
歩き始めてしばらくして、相棒は言った。
「なぁ、友永さんはどうしたんだろうな……?」
「そう言えばちょっと、様子がおかしかったですよね」
「遺体を見てビビったとか。まさかな……」
確かに今さらだわ、と思いながらまず、周辺の店に聞き込みに回ることにした。
ここは中四国一の繁華街と言われる街である。一晩中人気が絶えないこの町であれば、もしかしたら目撃情報も期待できるかもしれない。
とは言っても、今は早朝である。
果たしてどれほど話が訊けるだろうか。
被害者が発見された場所は地下2階、地上7階建のビルである。
1階と2階は全国的にお馴染みのファストフード店、3階はマッサージ屋その他、いくつかテナントが入っており、4階から7階は全国チェーンの居酒屋が入っている。
郁美の話では、被害者は恐らく3階の階段から転げ落ちたらしい。
3階には【ツボ屋】【株式会社UOT】【インスペクト探偵社】と3軒の法人が入っている。いずれもクローズの看板が出ている。
「探偵社かぁ……よし、こっから入るか」
日下部がドアをノックしたが、返事はなかった。
留守だろうか? 結衣は時計を確認する。午前7時前だ。
「日下部さん、さすがにこの時間じゃ……テナントには誰もいないと思いますよ?」
「だって、探偵事務所だろ? 胡散臭い探偵が寝泊まりしてんじゃねぇの」
そんなの推理小説の中の話……と結衣は思ったが、思いがけず内側からドアが開いた。
「……何?」
ドアを開けた若い男が、不機嫌そうな顔で問いかける。
さっきまで寝ていたようで、髪はぼさぼさ。
茶髪だが、持って生まれたものらしい。
半分しか開かれていない眼は、髪と同じく色素が薄かった。
「警察だ」
日下部が短く言うと、相手はしばらくぼんやりしていたが、
「……別に、捕まるようなことは何もしてないけど」
「今朝早く、このビルの一階で女性の変死体が発見された。この人なんだが……」
相棒はポケットから顔写真を取り出す。
若い男は写真をしげしげ眺めていたが、首を横に振る。
「ちゃんと見ろ」
どうしたのだろう? 日下部がいつになく威高丈である。
「知りません」
なおも何か言いかけた相棒を、結衣は制した。
「昨夜はこちらにお泊まりでしたか?」
すると。女性の刑事がめずらしいのか若い男はまじまじと結衣を見つめた後、
「まぁ、ほぼ住居と化しているというか……」
「あなたが事務所の所長さんですか?」
若い男は首を横に振る。
「いや、俺は雇われです。所長は留守してる」
「いつお帰りですか? できれば、所長さんにもお話を聞きたいのですが……」
突然、視界が暗くなった。
驚いて結衣が振り返ると、白髪頭の男性が立っていた。年齢は恐らく50から60代ぐらい。
背筋がピンと伸びていて、真冬だというのに薄着である。長い髪をうなじのところで一つに結んでいる。サングラスをしているのはもしかして、視力が弱いのかもしれない。
「……何か?」
低く掠れたような声。
「あ、あの。私達……警察の者です。昨夜、この付近で事件がありまして。何か目撃したり、お聞きになっていないかお訊ねしているところです」
何だろう? 妙な威圧感がある。
結衣は多少の動揺をなんとか隠そうとしつつ、声がやや上擦っているのを感じた。
「何も見てはいない」
そうですか、と言いかけたが、
「ただし。噂は聞いている」
「噂……?」
「若い不良グループどもがチームを作って、抗争を繰り返していると」




