27話 その聖女、恋敵
使用人たちにも手伝ってもらい捜索を始めるとすぐに見つかった。
誰もいない暗い部屋からはさめざめと泣く声が聞こえてくる。
入ってみると案の定、床で両ひざを抱えて泣いているティアラローズ様がいた。
「ティアラローズ様」
「うう、ぐすっ。来ないでよ」
泣きながらも拒絶の言葉を口にされる。
とても辛そうな声色だった。
私は近寄るのをためらう。
先ほど言われた内容を鑑みるに、ティアラローズ様はルドニーク様へ淡い恋心を抱いていたようだ。
ティアラローズ様のご年齢は10歳。つまり、恐らくは初恋。
5年間の国の付き合いから推測するにその5年間ずっと恋心を抱いていたに違いない。
それをぽっと出の私に奪われてしまった。
(なるほど。そう考えると私のことを敵対視してしまうのは無理もないですね)
せめてもう少し年を重ねていれば王女としての振る舞いを学べていただろうし、自分の気持ちの折り合いのつけ方や時と場合を考えることができていただろう。
いや恐らく王女としての振る舞いは学んでいたはずだ。
でなければ他国の交流会へなど参加させるはずがないのだから。
でも分かっていても気持ちを抑えることができなかった。
それほどまでにルドニーク様のことを好いていたのだろう。
「……あなたがルドニーク様のことを好きだという気持ちは十分に伝わってきました」
少し距離を開けた所で止まる。
「陛下のことを好いてくださってありがとうございます」
「……子供だからって真剣に取り合ってもくれないくせに」
膝に顔を埋めたまま呻くような呟きが聞こえてくる。
「……恋に年齢は関係ありませんよ。人が人を好きになるというのはとても素敵なことです。誰かを好きになれるというのは幸せなことだと思います」
「……」
私はその場にしゃがみ込みティアラローズ様の目線に合わせる。
「あなたの想いは私を敵視するほど大きく強い。幼いからって真剣に取り合わなくてよいなんてこと思っていません。その想いの大きさはあなたにしか分からない。それを否定するなんて悲しいことできませんよ」
「……え」
ティアラローズ様は顔をあげる。
泣きはらした酷い顔だった。
「今もほら。そんなに泣き続けられるほど辛いのでしょう? それを見ていてその気持ちが幼い故の淡い想いだなんて考えられません。あこがれや、兄のように慕っているわけではなく、1人の女性として陛下のことが好きだったのでしょう?」
「あ……」
ティアラローズ様は恥ずかしそうに顔を背ける。
その反応は花も恥じらう乙女そのもの。
王族としての矜持も見て取れる。
それはつまり、あの場で敵意を向けるべきではないと分かっていてもことを起こしてしまったということ。
それほどまでの激情なのだ。
何故彼女の気持ちを疑うことができるだろうか。
「どうか私にお聞かせくださいませんか? あなたのその想いのたけを」
私は手を差し出す。
いつまでも固い床の上では体を傷めてしまうだろう。
「……」
王女は何も言わず私の手をとった。
冷え切った手だ。
ふらふらとおぼつかない足取りでソファーへと座る。
侍女に命じて温かい紅茶を用意してもらい、少しでも落ち着いてもらう。
そうしてしばらくするとティアラローズ様は重たい口を開いた。
「……ワタクシ、初めて陛下にお会いした5年前から本当に陛下のことが好きで……でもそれを家族に打ち明けても『お前はまだ幼いから、陛下にあこがれを抱いたのだな』とまともに取り合ってもらえたこともなくて」
ぽつりぽつりとつかえながら、それでも心の内を明かしてくれる。
「何度も陛下と婚姻関係を結びたいってお父様に言ったのに、一度もまともに相手をしてもらえなかった。でも大きくなればきっと変わるだろうと思っていたけど、ワタクシが大きくなるまで陛下に妻がいないわけがなかったんですわ」
私はその小さな背中をゆっくりと撫でて話を聞くことしかできない。
「それでも陛下と婚姻関係になったのは聖女……つまりあなただった。聖女の決まりはワタクシも知っていました。だから陛下もあなたも好き同士ではないと勝手に思い込んで……それで舞い上がってしまった。あなたに勝手に敵意を抱いてその座を譲ってほしかった」
「……」
「でも、違った。あなたといる陛下を見たらすぐに分かったわ。だって見たこともない優しい顔をされていたから。ワタクシにはそんな顔を見せてはくださらないって、あなたへ嫉妬していたの。だからあんなこと……」
ティアラローズ様は持っていた紅茶をテーブルに置くと私に向き直った。
眼も鼻も赤くなっているが、その表情は真剣そのもの。
「ほんとうにごめんなさい。愚かなことを仕出かしたと分かっています。でもそれだけの想いだったの」
「……あなたの想いを疑うつもりはありません。でも私にとって陛下は、私の世界に色を与えてくれた人。その隣を明け渡すことはできない」
会場でも言ったように、私にとっても何より大切な人だ。
何を言われようとその隣を渡すことはできない。
そう強い意志を乗せて見つめると、ティアラローズ様は微かに笑った。
「ええ、分かっているわ。ワタクシがフラれたのだもの。陛下の隣にはワタクシ以上に陛下を思っている人でないと相応しくない。それに……」
「?」
彼女は少しだけ頬を染めて目線を落とす。
「……あなたはワタクシの想いを真剣に受け止めてくださった初めての方ですもの。家族ですらまともに取り合ってもくれなかったのに、笑わずに、子供だからと言わずに、対等な相手として。だから嬉しかったわ」
「それは当たり前ですよ」
ティアラローズ様はクスリと笑った。
「ありがとう。そんなあなただから陛下も惹かれたのね」
そう言って微笑む彼女はとても美しかった。
その笑みを見た時、私は気が付いたら口に出していた。
「陛下の隣は譲れませんが……良かったら私とお友達になってくれませんか?」
「え?」
きょとんと首を傾げるティアラローズ様に我に返る。
(ああああああ!! 何を口走っているの私は!!)
普通に考えて恋敵と友達になりたがる人などいないだろう。
冷や汗が流れる。
「ああああ、あの、いえ、これは」
「……ふふ」
1人でパニックに陥っているとふいに笑い声が聞こえた。
「うふふ……あははは!」
もちろんその声の主はティアラローズ様だ。
可笑しそうに口を覆って笑っている。
とても愛らしい笑みだった。
「恋人を奪おうとした女を友達にしたがるなんて、あなたって本当に変わっているのね!」
「あうう。それは」
「いいわ! なってあげる!」
「え?」
「だから友達よ」
言われた意味が分からずぽかんとしているとまた笑われてしまった。
「あなたはワタクシの話を聞いてくれた初めての人だもの」
「本当に、よろしいので?」
「ええ、もちろん。ワタクシのことはティアと呼んでくださいまし」
差し出された手を握る。
嬉しさがこみ上げた。
「では私のことはイレーネと。これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ! でも陛下に悲しい想いをさせたらその時は遠慮なくアプローチしていくからそのつもりでいてよね!」
「望むところですよ!」
固く結ばれた手は温かい。
私たちはティアが落ち着くまで取り留めもない話をして過ごしたのだった。
しばらくして会場に戻るとこちらも上手くまとまったようで、柔らかい空気になっていた。
さすがはルドニーク様だ。
何をどうやったこうなるのか気になるところではあるが、今はそれよりもパーティーの進行が優先だろう。
私は彼の隣に並び直し平然を装い続けた。
そのままパーティーは終わりを迎え、一泊した諸国のゲストたちが帰っていった。
帰り用の聖物を渡すことも忘れない。
それぞれの国に着くころには効果が切れているだろうが、道中使う分には問題ないはずだ。
こうして多少の問題はあったものの、初めての交流パーティーは成功に終わった。
きっとこれから忙しくなる。
そんな確かな達成感を感じながら、私は今日もグレノス公国の為に祈るのだ。
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