17話 その聖女、拒絶
――同時刻 パーティー会場
「イレーネ、俺と話そうじゃないか」
ガイアは面倒だと思っていたクレアがいなくなって好都合とばかりにイレーネに話しかける。
セイア王国にいた頃とは比べ物にならない程美しくなったイレーネを見て上機嫌であった。
イレーネがこれほどまでに美しくなっていたのはガイアに取って嬉しい誤算だった。
やはり侍らせるのなら美しいものの方が良い。それはガイアが常々思っていることでもあった。
「久しぶりにあったんだ。積もる話もあるだろう」
今のイレーネであれば妾として囲ってやってもいいとガイアは思っていた。
それに今のドレスならば白い衣装の方が映えるに決まっている。
(それこそ俺のように)
ルドニークは黒を基調とした衣装だったのに対してガイアは白を基調とした衣装。
これはもはや自分がパートナーとなった方が良いのではないかと本気で考えていた。
イレーネはそんなガイアににっこりと笑い掛ける。
小さく息を吸い込んだのが見えた。
「……第一王子殿下。私はもうグレノス公国の大公妃です。気安く呼び捨てにしないでいただけますか?」
「は?」
イレーネの口からは予想もいていない言葉が飛び出した。
「私を呼ぶときはどうぞ、夜の聖女殿かイレーネ殿下とお呼びください」
さらにそういいニコリと微笑む。
その顔はセイア王国にいた頃に負っていた影が見られない笑みだった。
「なんっ――……」
ガイアは瞬間的に頭に血が上ったが、途中で目的を思い出し思いとどまった。
ふーっと息を吐き出す。
「……そうだな。承知した」
「はい。……それで、お話とは?」
「なに。お前が公国へ行ってしまってからのことを話そうと思ってな。公国では辛い思いをしているのではないか? 大公殿もクレアとどこかに行ってしまったようだし」
ガイアはにやりと嫌味を込めて笑う。
ガイアの中ではイレーネという存在は常に自分よりも下の存在。
可哀そうな存在でしかない。
いくら地位のある場所にいたとしてもその根本は変わらないと思っていたのだ。
ましてパーティー開始そうそうにパートナーを置いて違う女と休憩室に行くような間柄を見せられているのだから、その考えをより加速させた。
「俺はお前が公国に行ってから心配をしていたんだぞ? 元は婚約者だったのだから。捨てられてしまいそうなお前を放っておくのも忍びなくてな」
「……」
案の定、イレーネは何も口にしなかった。
そのことに気を良くしたガイアはさらに続ける。
「大公がお前に飽きているのならば仕方がない。俺がお前を引き取ってやろう。どうだ? 嬉しいだろう? なに気にすることはない。お前にも仕事を用意してやるから」
イレーネの侍女が飲み物を持ってくる。
イレーネはそれを一思いに飲み干した。
「……ふー」
喉を潤したイレーネは真っ直ぐにガイアを見据える。
この時初めて真っ直ぐに見つめられたガイアは心が踊ったのを感じた。
自分がここまで譲歩してやっているのだから、必ずのって来るに違いないと信じたのだ。
イレーネの口が開くのを待った。
「……お断りいたします」
「……え?」
「言ったはずです。私はもうグレノス公国の人間。こちらに戻るつもりなどありはしません」
鈍器で殴られたような衝撃をガイアは味わった。
「そもそも私になんのメリットもありませんよね? 私は今公国で大切にしてもらっています。私のことを心配するより、まずはご自分の国の心配をされたほうがよいのでは?」
ビクリと震えるガイア。
今一番つつかれたくない話題だったからだ。
「来る途中に街の様子を見ました。何故あんなにも荒廃しているのです? 魔物に襲われた形跡もありました。この国は魔物の被害が少ない国だったはずなのに……」
そう言うイレーネの顔は何を考えているか分からない程の真顔だった。
ガイアは図星をつかれた怒りで我を忘れて声を荒げた。
「うるさい!! お前などに指図などされたくないわ!!」
ガっと手を振り上げる。
会場がざわついた。
だがガイアは手を振り下ろすことはなかった。
不自然に手を振り上げたままピクリとも動かない。
ガイア自身が一番その状況に驚いていた。
ざわつく会場。
その時凛とした声が響いた。
「ご用件はそれだけのようですね。ではこれで」
イレーネだ。
彼女はガイアの前で優雅にカーテシーを打つと侍女と共にバルコニーへと出ていった。
残ったのは不格好のままで止まったガイアとざわめく貴族たち。
その状態はルドニークが戻ってくるまで続いたのだった。
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