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16話 その大公、怒り

 



 クレアに連れられてやってきたのは会場から離れた休憩室。

 まだパーティーが始まってから少ししか経っていない為、ルドニーク達以外誰もいない。


「ルドニーク様ぁ。わたくし少し疲れてしまったようで……よろしければ座って話しませんこと?」


 鼻にかかった甘ったるい声で甘えてくるクレア。

 ルドニークは張り付けた笑顔のまま筋肉が凍り付いたのを感じた。


 言われるがままに座ると、ルドニークの腕に胸を押し付けて来るクレア。


「今日はわたくしが主役のパーティーですのに、皆酷いんですのよ。わたくし昼の聖女ですのに意地の悪い貴族にいじめられているんです」


 クレアはあいている片方の手を口元に持っていきよよよっと泣きまねまでしている。


「いじめられているとは?」


 ルドニークは努めて柔らかい声を出す。


「みんなしてわたくしとイレーネを比べるんですの。わたくしの功績も全てイレーネがやったことにしているんですのよ? それにもともとルドニーク様の下に嫁ぐのはわたくしのお役目でしたのに……イレーネに奪われてしまいましたの。それでわたくしは仕方がなくガイア様と婚約を……」


 それに気をよくしたのか、クレアは饒舌じょうぜつに聞いてもいないことまでしゃべりだす。


 もちろん、口から出まかせだ。


 初めからクレアの言うことを何一つ信じていないルドニークにとっては、それらの言葉に反発しないように気を付けるほかない。

 地獄のような時間だとルドニークは思った。


「イレーネは昔からわたくしのものを盗んだり、わたくしがやったことを自分がやったかのように振舞っていましたの……」

「へえ」

「ルドニーク様も、災難でしたわね。わたくしじゃなくイレーネなんかが嫁いできて。さぞかし大変な思いをされているのでは? わたくし心配です」


 そっと寄りかかってくるクレア。


「ねえルドニーク様。イレーネじゃなくてわたくしにいたしません?」

「ほう?」

「わたくしは家柄も公爵家でスタイルも抜群。さらにこの美貌。悪くないと思いません? ね、どうかわたくしを助けると思って……」


 クレアの言う通り、彼女は顔も整っているし出自も申し分ない。

 大公の妃候補として上がっていたとしても不思議はない。


 だが……。


「言いたいことはそれだけか?」


 放たれたのは凍り付く様な冷たい声。


「……え?」


 クレアは何を言われたのか分からずただルドニークの顔を見た。

 そして体をこわばらせる。


 放たれた声色と同様に底冷えする様な瞳には明らかに侮蔑ぶべつの色が滲んでいた。

 あまりに冷たい瞳にクレアはブルリと震える。



「ふ、何を言い出すのかと思えば……」


 ルドニークは目元を覆い笑っている。

 だがクレアの震えは止まらなかった。


 今何かをいえば容赦なく首をはねられる。

 そんな威圧感を感じていたからだ。


「悪いがオレはイレーネ一筋でな。何故君がグレノスにくるって話があったのか分からないが、オレが望んでいたのは初めからイレーネただ一人。君など眼中にない」

「なっ!? 何故です!?」


 耐えかねたクレアが弾かれたように立ち上がる。


「一体なぜイレーネなんかを!!」

「黙れ」


 先ほどよりも数段低い声がクレアの耳に届く。

 のしかかる重圧。


 武器など持っていないはずなのに、視線が刃のように鋭く降り注ぐ。

 感じたことのない恐怖に、足に力が入らなくなったクレアはへたり込んでしまう。


 ルドニークはそのもとに進み、目線を合わせるためにしゃがみ込む。


「なぜオレが君と二人になったと思う? それは別に君と親しくなるためじゃない。確認すべきことがあったからさ」


 青い瞳は獲物を追い詰めるために細められ、温かみの欠片もない。

 今のルドニークが纏うオーラは冷酷無比れいこくむひの大公そのもの。



「吐け。何故お前は聖女の役割を知らぬ?」

「……あ、ぁぁあ。わ、わたくし……」


 クレアは問われた意味も分からぬまま恐怖で顔をひきつらせた。


「……問いを変えよう。誰がお前を聖女にした?」

「な、なに……なんなのよっ」


 ついにクレアは泣き出した。

 ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。


 それを眼にしたルドニークは既に興味を失ったように溜息を吐いた。


「……話にならないな」


 そう言い残すと無関心な瞳で一瞥いちべつし、休憩室から出ていく。


 残されたクレアは床にへたり込んだまま呆然と泣いているだけだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり、ちゃんとした昼の聖女じゃないんだね。
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