15話 その聖女、再会
今日はセイア王国の第一王子、ガイア・シュラトンと昼の聖女クレア・トランディアの婚約祝いのパーティーだ。
本来であればセイア王国で誰がパーティーを開こうが、グレノスの大公およびその妻を呼び出すことはできない。
二つの国は友好国でも古い付き合いでもないからだ。
だが二人はここに来た。
昼の聖女から再三の招待を受けたこともあるが、イレーネが強く希望したからだ。
その目的はけじめをつけること。
いつまでも過去のトラウマを引きずっている訳にはいかないとイレーネは言った。
イレーネにとってはセイア王国の者達に変わった自分を見せる絶好の機会であったのだ。
ざわめきが近づいてくる。
「あらぁ? その白い頭、やっぱりイレーネじゃないの」
ねっとりとした甘い声が会場の空気を震わせた。
その声の主はハニーブロンドの髪をハーフアップに結い、金髪の青年にしなだれかかりながら進み出てくる女。
昼の聖女、クレア・トランディアだ。
真っ赤なドレスに派手な装飾品。
このパーティーの主役は自分なのだと全身で主張するその姿に会場はざわめく。
ルドニークはわずかに眉をひそめた。
聖女らしくない聖女。
どちらかと言えば貴族然とした高慢そうな女だ。
「久しぶりねぇ。元気にしていたのかしら?」
そんなルドニークの視線に気が付かず、クレアは嘲笑うかのような笑みでイレーネを一瞥する。
値踏みをするかのようなねっとりとした視線だ。
「お久しぶりでございます。昼の聖女・クレア様」
イレーネはまっすぐその視線を受け止めるとカーテシーを一つ打つ。
その姿は堂に入ったもので、クレアが知るような弱気なイレーネではない。
そして微笑みを返す。
まるでクレアを挑発するかのように。
「まあっ! なんてこと!」
クレアは顔を赤くして怒った。
自分よりも下の者に挑発をされるような経験などなかったからだ。
だが片や一国の大公妃、片や王子妃である時点でどちらが上であるかは誰にでもわかることだ。
分かっていないのは昔の癖が抜けきらないクレアぐらいのものだった。
「ガイア様! 見ましてあの態度。我らから受けた恩も返せない様ですわ」
クレアは横にいるガイアの腕に抱き着きながら怒りをあらわにする。
ところがガイアは鬱陶しそうな表情でクレアを見た。
「おい、いい加減離れないか。大公陛下の御前だぞ」
「まあ! なんですの!? わたくしが悪いとでも言いたいのですか!?」
ガイアは溜息を一つ零し、ルドニークへと挨拶をしたあとイレーネに視線を向けて固まった。
「お、お前、イレーネか?」
「はい王子殿下。ご無沙汰しております。この度はご婚約おめでとうございます」
自信に満ちた力強い眼差しに優雅さを感じる程の美しい所作。
元からあったイレーネの美しさとそれらが相まって美術品のように完成された美を醸し出すイレーネ。
そんなイレーネに微笑みを向けられたガイアは顔を赤く染める。
その反応はまさに恋に落ちる若造の様だ。
その様子を見たクレアは恨みがましい目でイレーネを睨むが、ガイアはそれに気が付かずに赤い顔のまま話を続けた。
「その、随分と変わったな」
「ええ。ルドニーク様のおかげですわ」
イレーネの柔らかい目線は全てルドニークに注がれており、ルドニークもまた柔らかい笑みを返す。
その様子はまさに相思相愛の恋人同士。
「ガイア様!! こんな卑しいものに対して何を顔を赤らめているのですか! わたくしというものがありながら!!」
クレアが半狂乱と言った様子で叫んだ。
辟易としたガイアの様子にも気が付かないで。
「おい、やめないか。黙っていろ!」
「っ!!」
ガイアに怒られたクレアはわなわなと震えながら下を向く。
周りからはくすくすと僅かに笑い声が聞こえてきた。
その空気は明らかに嘲笑の色を出している。
(この国は本当に腐っているな)
ルドニークはそう思う。
招待客の貴族たちがクレアを笑っているのだ。
散々昼の聖女を称えてきたはずの奴らが。
(あいつらが笑える立場にはないだろうに。……まあオレには関係ないが)
ルドニークにとって、イレーネにトラウマを植え付けたこの国のすべてが敵だ。
だがさすがは大公。
その膨大な敵意を押さえつけ、にこやかな笑みを張り付けている。
「この度はご婚約おめでとうございます。ガイア殿、クレア殿」
優雅に挨拶をすれば、会場中の女性の目線を奪った。
もちろんその中にはクレアの視線も含まれている。
ルドニークはそれに気が付いていた。
口の端が上がる。
「私はグレノス公国の大公。ルドニーク・グレノス。どうぞお見知りおきください」
「え、ええ」
優しく微笑みかければクレアは頬を染めてルドニークを見つめる。
(随分と惚れやすい奴らだ)
ルドニークは内心吐き気を押さえていた。
だがこれもイレーネのため。
そう思えば乗り越えられる。
むしろそう思わなければ乗り切れそうになかった。
「あ、よろしければわたくしとお話いたしませんこと? わたくし以前からルドニーク様とお話してみたいと思っていましたの」
熱っぽい視線を向けられてルドニークは鳥肌を立てた。
首筋まで出ていたが、手に血管が浮き出る程強く握りしめることで何とか耐える。
「……昼の聖女にそう思われていたとは光栄なことだ」
「ではどうぞこちらへ」
ルドニークはちらりと後ろを振り向く。
イレーネが小さく頷いたのが見えた。
その後ろにいるカリンも光が消えた目で微笑んでいる。
後が怖そうである。
「ではイレーネ少しばかり離れる。カリン、イレーネを頼む」
「はい、いってらっしゃいませルドニーク様」
クレアに腕を引かれて二人から遠ざかっていった。
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