第5話 雇用契約
「お待たせしましたー」
程なく注文していた料理が届いた。
大盛りミートソースパスタが、俺とウィスリーの前に配膳される。
ウィスリーはすぐ食べるのかと思いきや、目の前に運ばれてきたごちそうをジッと見つめていた。
「どうした。食べないのか?」
「ご主人さまのおゆるしがないと……」
そういうものなのか。
「食べていいぞ」
「いただきます!!」
許可を出すと、ウィスリーは間髪入れずに反応した。
フォークを差し込んでクルクルと回し、一塊となったパスタをもぐっと口に含む。
「んぐぐぐ!」
よっぽどお腹が減っていたのだろう。
大量のパスタがあっという間にウィスリーの腹におさまっていく。
「そんなに慌てて食べなくてもなくならないから、ゆっくりと、ちゃんと噛んで食べなさい」
「あい!」
俺に注意されると食べるペースは若干落ちた。
お世辞にも行儀のいい食べ方ではないが、きちんと言うことを聞いてくれている。
「あー……おかわりいるか?」
「いるーっ!!」
ウィスリーの元気のいい返事が店内に木霊した。
すっかり元気を取り戻したようだ。
心なしか店内の人々も彼女の食べっぷりに癒されているように見える。
「クックック……いいものだな」
俺の頬も緩んでしまうな。
やっぱり子供は元気が一番だ。
そんなこんなで、遂にお目当てのケーキが運ばれてきた。
ウィスリーが改めてこちらをジッと見上げてくる。
「遠慮しないでいい。食べなさい」
「あい! いただきます!」
ウィスリーがフォークでケーキの一部を切って口に運んだ。
「どうだ、おいしいか?」
「おーいしー! あまーい!」
「そうか!」
ウィスリーが幸せそうにイチゴのケーキをほうばっているのを見ていると、俺まで得も言われぬ幸福感に包まれる。
「ご主人さまは食べないの?」
「ああ、そうだな。いただくよ」
ウィスリーを遠慮させても悪いと思い、軽い気持ちでケーキを食べてみる。
すると――
「こ、これは……!」
口の中に広がる、この感覚はなんだ!?
ケーキの程よい甘さをイチゴの酸味が引き立てている!
こんな美味いものは初めて食べたかもしれない!
「にへへー」
何故かウィスリーが俺の顔を見て嬉しそうに笑っている。
こころなしか尻尾の先も揺れていた。
「どうした?」
「ううん、ご主人さまが初めてちゃんと笑ったなって」
「そうか?」
俺は感情があまり表に出ないらしいからな。
別に隠しているつもりはないのだが……。
「それにしても甘味の力は偉大だな」
相手を幸せな気分にさせる幻惑魔法なら俺も知っている。
しかし、魔法がもたらす効果はあくまで錯覚に過ぎない。
やはり本物の力には――
「いや、待てよ。甘味で味覚を刺激する幻惑魔法を開発すれば、あるいは……」
「うわー、ご主人さまが『ひ・じんどーてき』なこと考えてそー」
「そ、そんな顔してるか?」
「あははは! やっぱり自覚ないんだー」
ウィスリーが心底おかしそうに笑っている。
なんということだ。
「笑い方が悪人」「悪だくみをしているように見える」と師匠や仲間にも散々に言われてきたが……無垢な子供に指摘されると、こうも心が傷つくものか。
「そうだよな……俺には人の心がないだもんな……はははは……」
「えっ、ご主人さまってば、ひょっとしてものすごく気にしてた!? ごめんなさい、傷つける気はなかったの!」
「いいんだ……」
「冗談が下手で本当にごめんなさい。これからはもっと気を付けるね」
ウィスリー……なんていい子なんだ。
悪いと思ったら、すぐに自分の非を認めて謝ることができるなんて。
俺がその精神を身に着けられたのは修行の中盤だったというのに。
「そういうことなら、俺の心も決まった」
「ほえ?」
やはり奴隷市場で新たな仲間を買おうなどという考えが浅はかだったんだ。
過ちに気づいたのなら、すぐに正さねば。
「ウィスリー。君は呪いを解いた俺に仕えなければならないという話だったな」
「あい! これから精一杯『ごほーし』するよ!」
「それなんだが……君は俺に仕えなくていい」
「えッ!?」
ウィスリーが心底驚いた顔をした。
やがて、その意味を理解して涙目になる。
「あちし、いらない子……?」
「そ、そうじゃない」
いかんいかん、また女子を泣かせてしまうところだった。
もっとうまく言葉を選ばねば……。
「俺が君の呪いを解いたのはウィスリーに仕えてもらうためじゃない。俺と境遇がよく似ていて、助けたいと思ったからなんだ」
「あちしに『どーじょー』したってこと……?」
「うっ、それは……」
奴隷商人に「同情で奴隷を買うな」と言われたことを思い出し、言葉を詰まらせる。
いや、だが、しかし……。
「……同情、か。そうかもしれないな。あの解呪行為に深い理由はない。俺がそうしたいと思っただけなんだ。だから君も無理をして俺に仕える必要はない。そもそも一族の掟ということなら、ウィスリーは追放されたんだし……従う理由もないだろう?」
確認するように問いかけると、ウィスリーが俯いてしまった。
とても深刻そうな顔をしている。
やがて言いにくそうに、もじもじしながら口を開いた。
「えっと……違うの。掟に従わなかったら、もっと強い呪いが発動しちゃうの。だから、あちしが今の姿でいられるのはご主人さまに仕える間だけなんだ。だから……」
ああ、なんだ。そんなことか。
「それなら心配ない。それも含めて呪いはすべて解いた」
「……へ?」
「君を二重三重と縛り付けていた呪いは、俺が完膚なきまでに消滅させた。だから一族の掟を破ったとしても呪いは再発動しない」
「うそッ!? だって、呪いをかけたのは『めいどちょーさま』だよ!? いくらなんでも、そんなこと――」
「できる。俺は賢者だからな」
メイド長というのが何者かはわからないが、ウィスリーを安心させるために敢えて自信満々に言い切ってみせた。
そして、できるだけきつい言い方にならないよう語り掛ける。
「君は自由だ、ウィスリー。これからは好きなように生きていいんだ」
ウィスリーが不思議そうな顔をしたまま小首を傾げる。
「……あちしの好きにしていいの?」
「ああ」
鷹揚に頷き返す。
するとウィスリーは少し考える素振りを見せてから……真剣な表情で俺のことを見つめた。
「だったら……だったらあちしは、ご主人さまにお仕えする!」
「えっ。いや、だからその必要はないと」
「やだ!! ご主人さまに恩返しするもん!!」
「しかしだな――」
ウィスリーが立ち上がりながらテーブルをバン! と叩いた。
「だってご主人さま、呪いを解くときに聞いてくれたじゃん! 『俺に仕える覚悟はあるのか』って!」
「それはまあ、そうなんだが……」
思わず目を背けると、ウィスリーがテーブルに身を乗り出して顔を近づけてきた。
ジトッと睨まれる。
「ご主人さまは、あちしのことが嫌いなの?」
「そんなことはない」
「だったら、あちしはご主人さまに言われたとーり、好きにする! ご主人さまに『ごほーし』するもん!」
ウィスリーが再び席に座り込んだと思うと、腕を組んでプイッと顔を背けてしまった。
一連の仕草がいかにも子供っぽくて、なんともかわいらしい。
「なるほど。返礼を受け取るのも、また礼というわけか……」
これほどの申し出を断るのは、さすがに無粋というものだろう。
俺は手を差し出した。
「では、君の好意に甘えて世話になることとする。これからよろしく、ウィスリー」
「……あい!」
俺が差し出した手を、ウィスリーは絶対に離さないといわんばかりに両手でがしっと掴んだ。
満面の笑みを浮かべる彼女に向かって、俺は――
「それはそうと、店のテーブルを叩くと他のお客さんにご迷惑だから、もうしないように」
「ごめんなさい」
こうして俺は、ウィスリーを正式にメイドとして雇うことになるのだった。




