休戦
最終話です。
もの足りないかも知れませんが、ご容赦を。
年が明けて1945年。
日本では戦後を見据え、総選挙の準備が始まっていた。
国土が直接戦火に晒されていないのだ。出兵している将兵の家族以外は、意外とのんびりしていた。
新たに作られた選挙候補者名簿には、有名政治家幾人かの名前が無かった。
隠居を決めた者。
ノモンハン事件や支那事変の影響で被選挙権を失った者。岸信介もそうだ。
数名だがテロルで健康を害した者。
支持者が離れてしまい、選挙に出ても勝てないと諦めた者。
隠居を決めた者の中には、近衛文麿もいた。
支持者が離れてしまった者の中に、鳩山一郎もいた。五.一五事件で暗殺された犬養毅と共に統帥権干犯問題を引き起こした中心人物だ。やんごとなきお方は、口をつぐむのを止めたらしい。曰く、こやつがあのようなことを言い出さねば…
他にも鳩山一郎の仲間とみられる人物は支持を失った。日独伊3国同盟を熱心に勧めていた人物の多くも支持を失っていた。
1945年4月、東条内閣は総辞職した。陸軍軍人で有った東条英機が1940年に内閣総理大臣に任命されたのは、支那撤退と軍縮で混乱する陸軍を押さえるためだった。
注目されたのは組閣の大命を受けた人物だった。殿下が去った後、軍令部総長を務めていた米内光政だった。米内は総長就任2年後に、海軍大臣に山本五十六、次官に井上成美を押し込む事に成功。本人は軍令部のお目付役として楽をしたかったらしい。
健康に不安が有り本人は固辞したらしいが「短期で良い」とのお言葉を賜り、内閣が安定するまでと登板した。
米内総理大臣は、組閣1年後に吉田茂を後任として推挙。認められ、本人は引退した。その後、静養生活に入った。
満州
内地での選挙など知らんとばかりに戦争は続いた。だが、ソ連兵器の質が悪化。航空機と車両が故障しがちになり、抵抗出来るのは砲兵と歩兵のみという状態では制空権を取った米日の敵では無かった。
後方からの補給も途切れがちになり、ソ連軍は生き延びるのに必死で戦争どころではなくなっていた。地域の人たち以外の食料は全部運んでくるしかないのだ。地域の人たちも完全自給できている訳では無かった。砲弾が有っても食べ物や燃料が無ければ戦えない。シベリア鉄道を痛めつけたのが効いている。
やがて極東軍管区が勝手に停戦を呼びかけてきた。名誉の飢え死によりも生を選んだのだった。
スターリンが怒り狂っているが「ウラジオストクまで食料を運んでくれ」と言われ「反革命分子」と言い返すしか出来なかった。
極東に居たスターリンの手先は、既に捕縛されたり処分されたりして無力化されていた。
1945年夏だった。
パリ
ド・ゴールは有頂天だった。遂にドイツを叩き出し、ビシー政権を跡形も無く葬り去った。ただ、実務家まで追放してしまいかなり困った事態を招くのだが、この時はまだ知らない。
ロンドン
ド・ゴールがパリにいるおかげで、軍政家としてのアイゼンハワーは気楽だった。一軍人としては頑強な抵抗を続けるドイツが気になる。だが、今回の爆撃はひと味違うぞ。
ランカスター特別仕様機40機に積まれているのは、5トン爆弾トールボーイだった。バンカーバスターのはしりである。
通常のベルリン爆撃行としてランカスター100機、B-17が100機、B-24が150機、護衛のP-38・P-51・F-4Uと疾風・雷電*4)がフランス・ベルギー・オランダの飛行場から発進した。イギリスの戦闘機では、増槽装備でも往復に不安が有りモスキートのみが護衛に加わった。
特別仕様機40機はその中に紛れ、特定の場所を爆撃する事になっていた。
その日、総統官邸にいると情報が入ったのだ。ベルリンで一番安全というか強固なのは総統官邸らしい。爆撃から避難するとすれば総統官邸の地下壕だろうという予測の元、ヒトラー総統爆殺作戦を始動した。
10日後、ドイツから降伏する用意があると軍使と外交官が白旗を掲げてやって来た。
ドイツが降伏したのは1945年7月。
ヒトラーの消息は分からない。総統官邸周辺は地下深くまで粉砕されており、ヒムラー、ゲッベルスと運命を共にしたという結論が出た。
その後、度々ヒトラー生存説が出るが、必ず否定された。
残るのはイタリアとソ連である。
しかし、イタリアは内紛の末、自滅した。地中海を制圧され、石油がドイツから鉄道輸送で細々と入ってくる以外、一切入って来ない状況では抵抗できる訳も無かった。連合軍は嫌がらせのような攻撃を続けて、イタリアの自滅を待っているだけで良かった。
ソ連は、放って置かれた。アメリカもイギリスもナポレオンになる気は無かった。ソ連を戦争で屈服させるのは、どう研究しても「人員・財政とも、膨大な損失が生じる」という結果しか出なかった。
1945年冬
ソ連から使者が来た。
現在、チタを境に東はソビエト社会主義共和国連邦[東ロシア自治区]となっている。ほぼ独立国扱いだ。
ソ連と連合国は休戦条約を結んだものの、停戦合意には至っておらず現在も国際法上では戦争状態である。
近年、ペレストロイカを進める現書記長によって周辺各国との摩擦が減少。各国は現書記長を応援してみることになった。
ご覧いただきありがとうございました。
最後は1990年近い世界かと。
*4
疾風と雷電は合計で600機程度ヨーロッパに派遣されただけです。残りは満州防衛でした。
鍾馗や艦載機が初期に派遣され活躍しています。そのため、日本の航空機が受け入れられたのでした。航空ガソリンや航空機用エンジンオイルの他、イグニッションプラグなど点火系もアメリカ製でかなり性能が上がっています。
この世界線では、紫電も紫電改も無いし五式戦も有りません。多分。飛燕は少量生産で終わりでしょう。
また、お目にかかれますように。




